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by huttonde
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カテゴリ:現実話( 247 )

現実話 247
2015年(来年)1月から「知の対話」を行います。
中日文化センターへの申し込みが必要ですが、
良い対談になると思います。
音声がユーチューブに変わったので、
MP3をそのままご利用になっている方にご不便をおかけします。
ユーチューブからMP3への変換はごく簡単で、
まず、ユーチューブからMP3への変換ソフト
http://www.youtube-mp3.org/jp)を開くと、そこにURL
(音声が聞こえるユーチューブのアドレス)を貼り付けます。
これはコピーアンドペーストで貼れます。そしてその下の
「動画変換」をクリックすると1分以内に最上部に完了した
メッセージがでて、「ダウンロード」をクリックすると
パソコンなどにダウンロードできます。やってみましたら
ごく簡単で、ファイルの大きさは原ファイルが9714KBのとき、
ダウンロードしたファイルが9613KBでしたので、
サイズも問題ありません。お願いします。

武田邦彦ガリレオ放談 |
第87回「戦争は誰が起こしているのか」戦争とは何か2
http://bp.shogakukan.co.jp/takeda/
武田邦彦教授 ガリレオ放談 - YouTube

2014年11月26日
以前のデザインのブログをご覧になりたい方へ
ただいま、URL(インターネットの番地)を切り替えしています。
旧デザインのOCNサービスのブログをご覧になりたい方は、
11月末までは以下のURLをお使い下さい。
 http://takedanet.blogzine.jp/

音声ファイルを除く、ほぼ全てのデータを移し替え終わりましたが、
1ヶ月以上前の記事の音声ファイルは、
OCNサービスに置いてあります。
http://takedanet.com/archives/1014392597.html

2014年11月27日 争う夫婦

 http://youtu.be/A9n6vZjNLf4
愛し合い、晴れて夫婦になって家庭を築き、子供が生まれ、
幸福な人生を送ることができる・・・そんな人が多い日本なのに、
いつのまにか夫婦は相争い、結婚式のときに誓った言葉・・・
永遠の愛を誓うというのはどこに行ったのかと思うほどだ。

なぜ夫婦は「争う」のだろうか? わたしは夫婦が争う理由が
3つあると思う。ここではその一つを整理してみたいと思う。
他にもあることは承知の上なので、それも理解していただきたい。

結婚して夫婦になり、子供ができる。それは動物としての人間の
営みとしてまことにまともなことであり、喜ばしいことだ。
結婚はある意味では次世代を作ることであるからでもある。

かつて、子供を生んで育てるのは女性の役割だった。男性は厨房に
いらず、子育てもしなかった。男性は25歳までに1年半の兵役
(兵隊の訓練)を終え、戦争が起こると召集令状によって徴兵されて
戦場で死んだ。

かつて、子供が大きくなり大人になったらなる仕事はほとんどが
「農業」だった。だから土地がなければ子供はせっかく18歳になった
のに、そこで餓死するか、奴隷になるしかなかった。だから男は死を
かけて戦場にいった。我が子の土地を確保するためだ。

今でもその本能は男性に残っている。台風や大雨になると川が増水
して自分の田畑が危ないと思うと、爺さんは婆さんが引き止めるのも
聞かずに田畑に行く。台風の力は爺さんのそれとは違うから、田畑を
見に行った爺さんは増水した川に流されて一命を落とす。

死ぬことが良いはずはないが、爺さんは自らの信念に基づいて行動
した。立派な最期でもある。婆さんが田畑を見に行って川に流される
ことはない。かならず爺さんである。

つまり、夫婦というのは「相協力して」子供のために人生を送った。
女は子供を産み育てて18歳になるまで責任を持った。「子供は妻に
任せた」夫は必死になって田畑を守り、ときに戦場で、ときに増水した
川で命を落としても子供のために田畑を守った。

でも、今はどうだろうか? イクメンというのが流行っている。
よくよく聞いてみると、「子供は18歳まで育てれば良い。あとは
責任がない」と言い、「それまで夫婦の間で、子供の世話を
押し付けあうのが勝負だ」という。

夫婦は争うものか? 夫婦は子供の世話をできるだけ押し付けたり、
できるだけお金を相手に渡さずに自分が使うようにズルをするもの
なのか? それなら結婚式のあの誓はなにを言っているのだろうか?

夫婦は一心同体である。苦労も喜びも等しくし、一心不乱に子供の
成長を目指し、それを喜ぶものである。お母さんは健康な子供を育て、
お父さんは「お前の未来は俺がちゃんとしているから心配ないぞ」
という。

かつて、父親は自分の仕事にプライドを持ち、子供のために田畑を
確保した。「お前には未来があるぞ」と励ました。今の父親は自分の
ことだけ、夫婦の損得だけを考え、「お前の未来は暗いぞ。年金は
ないし、消費税は20%だ。地球は温暖化し、石油はなくなる。
中国に占領され、原発の廃棄物は200万本になっているぞ」という。

おい、それはあなたのやる仕事じゃないの? 子供は勉強し、成長する
ことができるが、社会を作ることはできない。社会は前の世代が作り、
それを次世代が引き継ぎ、そしてまた、その次世代が新しい社会を
作り、次次世代に引き継ぐのだ。

それを男性がやっても女性がやっても良い。かつて女性に「自分の
子供を育てるのと、戦場で死ぬのとどっちが良いですか」と聞いたら、
自分の子どもを育てる方がよいと言うので女性が育児だった。

男性が育児をすれば女性が将来の日本を作らなければならない。
女性が育児を担当すれば、男性は子供のために夢のある日本社会
を作らなければならない。どちらでも良いが、両親が子育てだけを
すればよいというので、それを押し付け合い、争い、そして子供は
社会にでて悲惨な生活を送る。

そんなことが始まったのは長い日本の歴史で、今の世代だ。

(平成26年11月20日)

2014年11月28日
健康食品シリーズ03 低カロリー食は“ヘルシー”か?

 http://youtu.be/Rhy5XQMSskw
最近の日本でいい加減な言葉というと、「エコ、ヘルシー、
それに絆」だろう。いずれも本来の意味から外れて、
人を脅したり、騙したりするために使用されている。

そのうちの一つが「ヘルシー」だが、一昔前なら「女子供をダマすのは
簡単だ」の中に入ったと思うが、男女が同じ立場で社会に貢献しよう
としている時、そんなことは言えないと思う。

食料というのはそのほとんど全部が生物から得られていて、
他の生物の命をいただいて自分が生きているというものだ。だから
昔から食事の時には手を合わせ、「いただきます」と言い、さらに
最後はお茶碗にお湯をかけて米粒を残さず頂く。他の生物の命を
いただいて自分の健康を守るのだから、食べる量は生きるのに
最低限にしなければならないのは当然でもある。

もし、アメリカやヨーロッパに「なんでもフンダンに食べる」という文化
があったとしても、それは人間だけを峻別したもので、日本の文化
にはない。日本は「人間も動植物も同じく命のあるものだ」という
考えに基づいている。

食料は「カロリーの高いほうが、命を少なくいただくことができるので、
カロリーが高いほうが良い」というのは日本人としては当たり前の
感覚で、「低カロリーはヘルシーだ」というのは、自分の健康の
ためにより多くの命をこの世から消すこと」を意味している。

「命の大切さ、自然、心、里山・・・などはくだらないものだ。動物など
いくら殺しても良い」といっている人なら「低カロリーはヘルシー」
だろう。自分のことだけを考えて他の命など眼中にないからだ。
でも、多くの女性が普段は命が大切、自然を守ろう、
心が第一などといっている。

「女性は自分がトクをするならウソをつく」というのも昔のことだろう。
社会で責任ある立場で行動することが求められているのだから、
信念をもって自分がそう思っていることを言うべきだ。

「低カロリー食品はヘルシーだ」という考え方は、まず知識人、女性、
マスコミなどが使わないようにしたい。カロリーが高ければそれだけ
食事は少量で「満腹」するのだから、高いカロリーの食材を
「ヘルシー」と呼ぶようにしたいものだ。

ところで、ついでだが、食事に興味のある人や、「おコメ派」の人が
「二酸化炭素を減らそう」といっている。これもヘルシーと同類に
不誠実な言い方だ。

私たち人間は生物としての欠陥がある。生物というのは空気中の
二酸化炭素を食べて(吸って)、それを体内で炭素にし、その炭素で
カラダをつくり、エネルギーを得る。だから二酸化炭素と水、それに
太陽の光があれば生きていくことができる。

それに対して、人間は二酸化炭素から栄養を得る反応を失って
しまって、「家畜」ならぬ「家生物」を飼育して栄養を得ている。
つまり、稲を家畜にして田畑に植えて二酸化炭素を吸収させて、
米粒をつくり、それを食べる。またはトウモロコシを家畜として育て、
トウモロコシの粒を豚に食べさせて、その肉を食べる。この場合は
二重の「家畜」(第一段目がトウモロコシ、第二段目が豚で、豚肉を
食べるというのは、トウモロコシの命と豚の命を同時に頂くことになる)

ところがこの頃、少し気温が高くなるということで、なにか二酸化
炭素を減らすことが善いことのように言う人がいる。イネにしても
ブタにしても、人間より遥かに前からこの地球に生きていて、
もっと二酸化炭素が高い時=かれらにとって食料が豊富なとき
=のほうがずっと快適だ。今は二酸化炭素が少なく、余りにも寒い
(現在は第二氷河時代で、人間のように家、暖房、衣服があれば
まだ良いが動植物にとっては寒い)ので困っている。

ヘルシーにしても、温暖化にしても、
よくこんなにも二重人格で心が痛まないものだ。

(平成26年11月7日)

2014年11月29日 「知の対話」のご案内

中日文化センターで毎年、行っている日本の第一人者との
「知の対話」を来年2015年1月から3月まで行います。
先生から良いお話を聞けると思います。ご案内を下に示しました。
c0072801_17332991.jpg
 https://www.chunichi-culture.com/center/sakae/pages02/new/new_kyouyou_03.html
http://takedanet.com/archives/1014585550.html

2014年11月30日 借金と財産・・・消費税をあげる理由

財産と借金(音声ファイル)
日本の財政状態と消費税をあげるトリックを紹介します。
文章はなく、音声だけです。
まだブログの移動が完全人行きませんので。
c0072801_17353719.jpg
c0072801_17361741.jpg
http://takedanet.com/archives/1014626566.html

2014年11月30日 日本家電の崩壊の原因

 https://www.youtube.com/watch?v=xBTfDX--vVs&feature=player_embedded
NHKの温暖化報道は言うまでもないが、膨大な数のセイウチが
どこかの海岸に打ち上げられたからといって「温暖化」と騒いで
いる番組があった。またこのブログでもとりあげたが、元気象庁
長官が「温暖化で台風が10月にも来るようになった」と連呼した
例では気象庁予報部からデータを示して温暖化と台風の関係が
ないという論文を出しているにも関わらず、二枚舌(学問的には
関係ないと言い、国民には関係しているという)を使った。
その元長官を頻繁に出したのは報道だった。

先日、あるNHKの元アナウンサーがある事件の報道をめぐって、
「入社したとき、政府に批判的であれ、国民に阿るな、と繰り返し
言われたことを思い出すと、心の抵抗があった」と言っていた。
そうか、NHKもかつてはそういう時代もあったのか、私がNHKを
信用していた頃、現場ではそういう教育も行われていたのか、
と思ったものである。

報道の存在意義は、むやみに政府に批判的であるというのではなく、
政府の政策を正しく伝えるとともに、利権の闇、不誠実な言動、
利己的な政策など、記者クラブに所属し、つねに政治のそばにいる
からこそ国民の代わりに得られる情報をそのまま国民に伝えること
は報道の基本でもある。

また同時に国民におもねてもいけない。視聴者は国民だが、
たとえば視聴率が上がるからといって深夜に女性の裸の番組
(かつて全裸の女性がスタジオに登場するものもあった)や
スキャンダルだからといって個人の人権を損なうような報道は
控えなければならない。

つまり、報道は「テレビや新聞という公共性のある情報提供」で
あるから、「一定の見識、批判精神、文化的レベルの高さ、人格」
などが感じられないといけない。特にNHKは受信料を強制的に
とるのだから、払った方はいわば「見るのを強制される」ことになる。
お金を払って気分が悪くなる番組を見させられるのは精神的に
苦痛だから、絶対に「ウソや間違いはダメ、政府の通りはダメ、
公序良俗に従う」ことは当然でもある。

このような本来の報道のありかたから言うと、1990年代から
始まった「環境報道」や「温暖化報道」は目に余るものがある。
朝日新聞の慰安婦報道を批判している新聞も、
ほぼ同じことをしている。

ここでその全てを指摘することはできないが、
一つ「家電製品のリサイクル」について報道の弊害が
何をもたらしたのか、はっきりしておきたい。

「リサイクルしないと廃棄物貯蔵所が満杯になる」(ウソ)という話を
まずでっち上げて、「家電もリサイクルしなければならない」(ウソ)
へと発展する。リサイクルすると資源が理論値で3.5倍、実績で
7倍余計に使う(エントロピー増大の原理に合致している)という
ことがわかっていたが、経産省は「家電メーカーを儲けさせる
良い手段」と考えて、家電リサイクルを始めた。

この時に経産省幹部が「家電リサイクルのような不合理なシステム
をやれるのは世界でも日本しかない。官庁の指導、業界の団結、
報道が揃っているから」と言った。それまで家電の回収費用は一台
平均500円だったのを平均3000円にあげる、それを閉鎖的な
決定機関を作って家電メーカーの儲けになるようにする、中古で
売れるものは中古価格で買い取るのではなく国民に廃棄料を
払わせて売るというダブル取りをする、それを「資源回収」という
名のもとで行う、と決めた。

報道はこの内情を知っていたが報道せず、かえって「廃家電が
山野に廃棄されている」という方向に行った。つまり500円が
3000円になったので国民が家電を山に捨てるようになったのだが、
その不正を報道せず国民をバッシングした。これにタクシー会社が
「正義の味方」とばかり「パトロール」を行った。

かくして3000円-500円=2500円が家電メーカー(家電リサイクル
会社)、天下り先の管理会社などに大量に流れ、膨大な利益を
出した。さらに、環境省や経産省が「省エネ家電への補助金」を出し、
日立などの一流家電メーカーが材料を偽って「環境大賞」を受賞した。
冷蔵庫もクーラーもどんどん買い替えられ、それに補助金
(やがて消費税の増税につながる)がついた。

その結果、何がおこったのか? それが日本の家電メーカーの崩壊
だった。かつて日本の産業のプライドだったパナソニック、ソニー
といった優良会社が軒並み赤字に転落している。実に悲惨なこと
だが、これは経産省などの「国民のお金」を「不労所得」として
得ていたことが「技術革新、ビジネスモデルの刷新」に対する
意欲を失わせ、没落したのだ。

社内では技術開発で世界に誇る製品を作って収益を得たいという
正統派に対して、主として文化系の幹部が「そんな苦労をするより、
俺が経産省から金を取ってくる」と言って天下りを餌に補助金を貰う。
それは結局、世界に劣る製品を作り続けることになり、あれほどの
収益を誇ったパナソニック、ソニーの崩壊になった。

国民の税金を使い、増税し、環境を破壊し、そして当の家電メーカー
が崩壊する。今から10年ほど前、ある家電大手の会社が私の講演
をドタキャンしてきた。耳の痛い事実を聞いておけばまだ良かったの
かも知れないが、それはもう没落する家電メーカーには無理だった
のだろう。

しかし日本家電の再生のために、今からでも家電リサイクルの中止、
エコ家電の補助金の廃止などをやって「本当に素晴らしい製品を
開発して売る」という原点に経てば、日本の技術人の力で再び繁栄
することができる。世界は順番に発展していくので家電の需要が
なくなることはなく、日本の技術力は世界一だから。

でも、日本を信じず、役人の天下り先を作り、日本の財産だった
家電産業を潰した「環境政治家」にはこの際、引き下がって
もらわなければならない。

(平成26年11月16日)

2014年11月30日
健康食品シリーズ04 「正常な血圧」、
「コレステロール量」などはあるのか?

 https://www.youtube.com/watch?v=YRi6uoiYBpk&feature=player_embedded
データはかなり衝撃的だった。科学的に言えば「衝撃的」というより、
「なるほど、これまで医学会やNHKが報道してきたことは、なんの
根拠もなかったのだな」とわかったと言ったほうが良いだろう。
c0072801_1744387.jpg
このグラフは「健康な女性のコレステロール」の値である。50歳の
ところを見ると、コレステロールが40の人もいれば240の人もいる。
その人たちはやや体質的に特殊だとしても、多くの人が80から
160の範囲にある。でも、このグラフの点はすべて
「健康な50歳代の女性」である。

また、年齢によって少しずつコレステロールの値が増えていることも
わかる。もちろん女性の体も子供を産む時代から熟年になれば
「それにふさわしい適正な体」に変化していくのは当然で、
年齢が変わっても体が変わらない方が良いなどということは
生物学的にも人間の生理学でもありえない。

まして血圧の方は、測定の時間、測定の方法や場所で、おおよそ
20ぐらいは違う。だから、私たちが本当に健康を考えた時に、
どうするかむつかしい。まして降圧剤は副作用も強く、できれば
使いたくないので、「本当は正常なのに、薬を売りたいとか、
医者が責任を取らされる」ということで降圧剤を飲むのは嫌だ。

解決方法は医学会の方で出して欲しいが、それまでは、自分で
血圧を計り、(できれば20歳ぐらいから計り、それを蓄積して整理
して自分の「健康な時の血圧」を把握し、年齢とともに変化があるか、
その変化は通常の変化(血管が硬くなるにつれて正常に血圧が
あがる)かどうか、そして最後は、血液の循環に重きを置くか、
それとも少しはボケても安全サイドで行くか、自分の人生観を
決めるのが良いだろう。



by huttonde | 2014-12-04 06:30 | 現実話 | Comments(0)
現実話 246
11月から新たにシアターテレビジョンのニコニコ生放送
「現代のコペルニクス」の(月曜版)がスタートします。
第一回は「エネルギーを知る」で11月10日月曜日
午後8時からです。ご期待下さい。生放送は無料です。

武田邦彦ガリレオ放談 |
第86回「ロシアの東進で起きた戦争」戦争とは何か1(後半)
http://bp.shogakukan.co.jp/takeda/
武田邦彦教授 ガリレオ放談 - YouTube

原発事故と現在の危険性・・・科学的に考えよう

201411021206.mp3
2013年(昨年)の8月に福島原発三号機の杜撰なガレキ処理で
「大量」の放射性物質が漏れました。このことについて、当初、
東電は1兆ベクレルと発表し、先日(2014年8月31日)、
原子力規制委員会が1100億ベクレルとほぼ10分の1の
数値を発表しました。

また、この秋には一号機のカバーを外したので、多くの人が
心配しています。東電も規制委員会もほとんど「安全なレベル」
とか「南相馬のコメには影響がない」といった抽象的な表現で
切り抜けようとし、マスコミもそれ以上は追求しないという状態が
続いています。

まずは「科学的」に、2011年の爆発と比較してどのぐらい
危険なのかを示したいと思います。
1) 2011年に漏れた量  100京ベクレル
2) 2013年の8月の量   1兆ベクレル(多い方をとった)
3) 2014年の一号機    1億ベクレル(武田推定)

単位が京、兆、億となっているので、普通の人がすぐ比較すること
が難しいので、直感的にわかりやすいように「2011年の3月に
漏れた量」との比較で示したいと思います。

2011年3月の量を 1.0 とすると、2013年8月の
「大量に漏れた量」というのは、100万分の1、つまり、0.000001
ということになります。また今年の分は 100億分の1でこうなると
書けないぐらい少ないことがわかります。

つまり、2011年の量があまりに膨大なので、もしその時に致死量に
近い、1シーベルトを浴びた人を考えると、2013年は、1マイクロ
シーベルトがプラスされ、さらに2014年は、そのさらに1万分の1の
被爆になることがわかります。普通の人で2011年に被曝基準の
1ミリシーベルトを浴びたとすると、2013年の3号機の漏れでは
0.000001ミリシーベルトが追加されるだけになります。

つまり、簡単に言えば、2011年の量がものすごいので、それに
比較すると3号機の漏れは「少ない」と言えます。ただ、かつて
新潟の柏崎刈葉の事故では3億ベクレルの漏洩でNHKも
朝日新聞も大騒ぎをしたので、感覚がマヒしているということです。

わたしは2011年に膨大な量が漏れたのに、その対策(除染など)
を十分にせずに、それと比較すると100万分の1の漏れを大げさに
言うと、本当の危険が霞んでしまうと心配しています。
いずれにしても2011年のことが今でも最優先で考えなければ
ならず、そのほかのことは「目くらまし」ぐらいで無視したほうが
良いと思います。

・・・
ところで、先日、読者の方から次のようなバッシングを受けました。
「いつも楽しくブログを読んでいます。武田先生のブログは心ある
物だと思っていました。ですけど原発関連は何故まぐまぐに移行
したのですか?放射能汚染は小さいお子さんがいるお母さん方が
1番気にしてると思います。でも、まぐまぐは有料ですよね?
お子さんがいるって事は、金銭的に1番余裕の無い時期だと
思います。なのに有料に移ったということは良い収入源だと思った
からですか?科学のために今まで特許を申請しなかったと
おっしゃっていたので、世のため人のために動く人なんだと尊敬
していたのですが残念です。原発関連で収入をと思ったのであれば、
今まで特許取得してる方が生き方にブレが無いと思いました。
今回は正直ガッカリです。」

わたしはバッシングは慣れていますので、大丈夫ですが、
このような感想をもっておられる人が多いと思いますし、
被曝について「どのぐらい注意をすれば良いのか」の参考に
なりますので、ちょっと私の考え方を書いておくことにします。

私が「まぐまぐ」の方にも原稿を書くようにした理由は、

1)原発の正しいことを載せてくれるところを増やさなければならない、
2)まぐまぐは読者層も違い、とても良心的に努力してくれる、
3)被曝も一段落して、お母さんが毎日、
 変化に注意する時期ではなくなった、
4)まぐまぐはかなり論理的で深い内容のことも
 掲載してくれる優れたサイト
だからです。

原発事故から4年が経とうとしていますが、最初の危険な状態と
は違い、落ち着いて毎日の被曝を減らす時期でもあります。
この記事に書いたように、2011年の汚染が特別に大きかったので、
その後のことは気にせずに、むしろ2011年に汚染されたものに
集中的に注意が必要です。

現在、最も危険なのは食材、次に海洋と再飛散で、その状態は
変わっていません。もし、日本人が危険なことが起こったり、
変化が生じたりすればかならずこのブログに書きます。ただ、
現在は再稼働など少し長期的で政治的なことに中心があり、
このことは私のブログだけでは止めることができず、できるだけ
多くの人が目にするところに積極的に記事を書いていくことが
大切と思っています。

どんな時でも批判は重要ですが、批判は「事実のみ」にして
「その人の心の中を邪推する」というのはお互いに感情的になるので
少し控えたほうが良いと思います。マスコミがいい加減な報道をする
中で、ネットはとても大切です。その情報を生かすためには、
「バッシング」をできるだけ減らすことだろうとわたしは思っています。

(平成26年11月26日) 武田邦彦

「異常気象」から身を守るために(10) 災害と心

ijyou10__20141010921.mp3
さて、災害から身を守る具体的な方法を整理してきました。
このように整理すると普段から気を配っていると思っていた私も
不十分なところがあることに気がつきます。人間の頭は普段から
それほど整理されていないので、ときどき自分で整理したり、
家族や友人と話をしたりすることが大切なように思います。

ところで、人間はひとり残らずそのうちには死ぬのですが、
死というのは自分や家族にとって最大の災害とも言えます。
でもそれは仕方がないので、多くの人がそれを受け入れます。
それでは死より小さい災害はどのような心構えが
必要でしょうか?

私は「昨日は晴れ、今日も朝」ということをモットーにして
いて、ときどき、色紙などに書かせてもらいます。
人生は順風満帆ではなく、嫌なこと、苦しいことが起きるの
ですが、それは人だから仕方がないと思って
「昨日がどんなにどしゃ降りでも、晴れと思う」
ことにしています。

幸いなことに「昨日」は過去なので、
もう二度と帰ってこないのです。
だから土砂降りだった(ひどい目にあった)と思えばそう
ですし、それをすっかり忘れて晴れだったとすれば
それで良いというところがあります。

そして、眠れなくても眠れても、朝が来たら新しい一日が
始まります。なにしろ昨日は晴れですから、朝起きたら
昨日のことはあまり覚えていないという状態で、
「なにか良い日だったな」
ぐらいしか思い出さないのがコツです。

そして「本当は今日はなかったのだけれど、有ったのか!
それじゃ、今日一日だけ頑張るか!」と思うことにしています。

人間はやがて死にます。死ぬ前の日に「明日死ぬ」ということ
がわかる場合もあるでしょうが、普通は人間は明日死ぬと
わからないのですから、本当は「今日しか生きていない」と
思わないと生きていけないからです。でも、人間は一つ一つを
それほど論理的に考えているわけではないので、ぼんやりと
「明日も、明後日もある」と思っているだけです。

そこで、思い切って、「人間はいつ死ぬかわからない。だから、
今日が最後と思うおう」と思うと結構、それに近い気持ちに
なります。
かといって、貯金をすべて使い果たそうとも思いません。
今日一日と思うと、かえって普通の生活をしたくなります。
今日、やるべきことをやり、明日はまた明日だ、
明日のことは明日やろう。でもやがてできなくなる日が
来るだろうという感じになります。

そうなると、仮に地震にあって「もうだめだ」と思っても、
「そうか、今日が終わりだったのだ。でも自分は満足だ。
これも運命だから」と受け入れることができるでしょう。
私はまだ死んだことがありませんが、失明したことがあります。
でもその時に、普段から「今日も朝」と思っていたので、
動揺せずに切り抜けることができました。

災害に遭わないようにするには、具体的に災害の状態を知り、
対策を立て、日常的に注意をすること、政府・専門家・NHKの
いうことを参考程度に聞くこと、そして「今日も朝」と
思うことと私は考えます。

(平成26年10月10日) 武田邦彦

健康食品シリーズ 生野菜はなぜ健康に良いのか?

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生野菜も食べなれるとなんとか食べることができるけれど、
なんで生野菜が体に良いのか、わたしは理解することが
できない。生野菜を食べることができるようになったのは、
「農薬と化学肥料」が使われるようになってからで、
日本では40年ほど前からだ。それまでに生野菜を食べたら
たちまち回虫などに苦しむことになった。

中華料理が火を通すことは多くの人が知っているが、
医食同源を強調する文化で生を食べるということはかなり
危険だと認識されていた。人間は細菌、ウィルス、
小さな虫などと一緒に暮らしているが、それが口の中に
入ると問題が起きる。それに加えて現在では、農薬、
化学肥料、着色剤、放射性セシウムなどがある。
できるだけ、避けたいものだ。

それでは「なぜ、野菜は生でなければならないのか?」
ということになる。少なくとも40年より昔の人は生野菜を
食べずに生きていたし、戦争や結核でなくなる人もいたので
平均的な寿命は短かったが、長寿の人もいくらでもおられた。
だから、まずは生野菜が人間にとって必須のものでは
ないことがわかる。

ところで「生野菜を食べなければならない理由」として、
水溶性ビタミンと熱に弱いビタミンが登場する。
水溶性ビタミンはビタミンBとCで、熱に弱いとされる(ウソ)
ビタミンはビタミンCだ。わたしは化学物質の熱分解を長く
研究してきたが、ビタミンの構造を見ると、これがちょっと
の水で溶けたり、熱でやられる感じがしない。どうせ野菜は
水洗いをしなければならないし、生野菜は特に農薬などを
心配してよく洗う。

また味噌汁に入れたり、炒め物にするなら仮に水に溶けても
食べるものの中に入っている。栄養学のデータを見てみると、
調理で失われることはあってもせいぜい2割ぐらいで、
大半は残っている。まして生野菜は食べられる野菜の種類が
限定され、農薬の危険があり、さらにドレッシングをかける
ので健康にはそれほど良くないと思う。
また、私たち人間はビタミンCの合成能力を失った生物だが、
それは普通に食べていると適当に野菜も果物も食べるし、
尿酸がビタミンCの代わりもできるので、合成能力を失った
とも言える。またもちろんビタミンの摂り過ぎは障害が起きる。

「生野菜が健康に良い」と錯覚して一所懸命、食べている
若い女性を見ると、噂に引きずられて可愛そうだと思う。
野菜は食べれば食べる方が良いということもなく、
適切な量をとるというのが大切なのは言うまでもなく、
その量は今、言われている量よりかなり少ないと考えられる。

(平成26年11月3日) 武田邦彦

生活の中の哲学: 個性と平均

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個性を活かそうとか、多様性の時代というけれど、相変わらず
「平均から外れる人をバッシングしたい」という感情も強い。
中学生ぐらいの思春期ならそんなこともイジメの原因になるとは
思うが、いい大人でも他人に対して「欠点を直せ」と
言ったりする。

科学では大勢の人、個体、分子などがあると、かならず
「同じもの」だけではなく、ある「分布」をしていることが
ほとんどと考える。
たとえば、日本人の男性なら身長が160センチの人もいれば
180センチの人もいる。確かに平均値は170センチだが、
180センチの人は「不適切」だから、頭を削って平均に
しなければならないということはない。

ところが、体重になると身長とは違って、他人に「太りすぎだ」
という人がでてくる。体型だって個性があるのだから、
小太りでもヤセでもそれは問題がない。その人にとって最適な
体重があり、それがもっとも良い。だれでも同じ体型という
ことはありえないが、厚労省や専門家が「BMI」なるものを
作ると、日本人全員がそれに合わせようとする。

身長、体重ならまだ少しは良いが、「空気を読めない」とか
「動作が遅い」などということになると、イジメの対象のような
感じで到底、大人が他人に注意するようなことではないと思う。

「空気が読める」というのは実は自分に意見がなく、他の人の
顔色を見て素早く判断し、その時に言えば良いことをいうという
「太鼓持ち」の人かも知れない。空気が読めない人は自分の
考えがしっかりしていて、空気を読まずに自分の考えどおり
行動している場合がある。

日本では自分の考えを持たずに空気を読む人が出世するのは
仕方がないが、それを無理やり治させるのはどうかと思う。
また「動作が遅い」という人は単に動作をするだけではなく、
その時によくよく頭を働かせているのかもしれないし、
動作が速いという人は何も考えずに行動していて、
浮ついているかもしれない。

日本人が殊のほか人のことを気にして、なんでも平均的で
なければならないと考えるのも良いとは思うけれど、それには
二つの方法がある。一つは芋づる方式で、優れた人をより
良くして平均を上げていく方法、もう一つは、劣った人を
バッシングして欠点を直す方法だが、私の経験では、
芋づる方式の方が成果が上がると思う。

第一に、芋づる方式は明るい。人をバッシングすると暗くなるが、
良いところを伸ばすのは気持ちの良いものだ。そうすることに
よって全体のレベルが上がるので、自然と良い方向に向く。

この場合も「分布(個性)の幅」はあるので多様化は保つことが
できる。封建主義の日本なら画一的でもよかったかも知れないが、
一人ひとりが判断するほうが未来の日本のためには良いのでは
ないかと思う。

つまり、誰かをバッシングして改善をさせるのはかなり
むつかしいし、その人に大きな負担もかける。それなら
「平均値を少しずつ上げていく」ことによって知らず知らずの
間に、欠陥が改善されていくほうが良いだろう。

(平成26年11月5日) 武田邦彦

日本人だけが二酸化炭素を悪者と思っている理由(2)
科学嫌い

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環境を守るためには、また子孫のことを考えると二酸化炭素を
増やすことはとても大切なのに、日本人だけが世界で二酸化炭素
が悪者と思っているのは実に不思議だ。その理由の一つに
「科学嫌い」があると思う。地球が46億年前に出来た時、
大気は二酸化炭素だった。今、空気の大半を占めている窒素は
二酸化炭素に比較して20分の1しかなかったし、
酸素はまだなかった。

今でも金星、火星の大気は95%が二酸化炭素だが、それは
金星も火星も生物が誕生しなかったことによる。生物(命)
というのは煎じ詰めていえば「空気中の二酸化炭素を食料に
して、その中の炭素を自分の体に、酸素を吐き出すものだ。

そして生物の体の大半は死んで二酸化炭素に返ったが、
一部が地下や海底に沈んでそのまま堆積した。それが石油、
石炭、天然ガスである。戻らなかった炭素の分だけ空気中に
酸素が残ったが、それは21%もある。

つまり、地球が誕生したとき、大気の95%が二酸化炭素だった
のが、今や0.04%になったのだから、その分の二酸化炭素は
一部が酸化カルシウムなどと結合して炭酸カルシウムとして
沈着し、およそ21%分が炭素として地下に貯留された。

IPCCの見解によると今後100年間で0.05%に増えるという。
でも、それは過去に通った道だ。未来のことは心配だが、過去に
帰る分にはそれほど心配はない。少なくとも恐竜の時代は1%は
二酸化炭素だったので、そこまで返っても焼け死ぬわけではない。
若干、暖かくなりシベリアやカナダにも住めるようになり、
海洋は海の温度がそれほど上がらないので、赤道近くの陸地だけ
がやや住みにくくなる程度だ。

だいたい、私たちの体は二酸化炭素が数%の時にできているので、
現代のように寒いと衣服を着たり、暖房を必要とする。だから、
もう少し暖かくなり、地球全体が台湾ぐらいになっても
特に問題はない。

こんなことは余りにも当然だから、温暖化が政治問題になること
があっても、そんなことを真面目に考える国民は日本人以外
いないという感じだ。ドイツ人は少しそんなことも考えているが、
それでも狡猾で「1990年基準」という奇妙なトリックを
考えるぐらいはする。

日本人だけがすべての科学を無視して利権(国民から環境税を
とる)に目がくらんで二酸化炭素を悪者にしている。特に元東大
総長で温暖化の危険を唱えている人(工学系)のことをわたしは
個人的にもよく知っているが、彼はそれほど科学に興味がない
ことは知っているので、おそらく不勉強で地球の生命の誕生や
生物の歴史を勉強していないと思う。無知な人が指導者に
残ると困ることがある。
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子供たちに科学を教え、理科離れを嘆いているのに、
大人がこれほど科学を無視した社会活動、政策を続けていると
日本の科学技術が廃れて、「架空のことを現実のもののようにいう」
ことができる人が大きな顔をするようになるのではないか。

わたしはこの記事を書いて、「科学技術立国」というけれど、
それは「儲けのための小手先」であって、「科学技術の心」を
持たない国のような気もして来た。

(平成26年11月2日) 武田邦彦

「老化現象」と「不使用現象」の違い

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「老化現象」という表現に二つある。一つは、人生を長く
続けていると、人体を作っている材料や反応が少しずつ劣化
してきる現象で、一般の機械などで言えば「手入れを
良くしてもどうしても徐々に古くなって行く」と同じ状態をさす。
もう一つは、手入れが悪いから結果として老化のように
見えるということだ。

たとえば、20歳でもまったく歩かずに毎日、ベッドで
寝ていたら足の骨が細くなる。これは「老化」ではなく
「不使用による機能低下」である。毎日、1万歩、あるいは
3時間立っているのに徐々に骨が弱くなってくるのは
「老化」である。

でも、普通は「老化+不使用現象」を「老化」と言う専門家も
いるし、それに影響されて諦めている人が多い。若い頃から
無理をしない程度の適切な運動をしていれば日常的に使う程度
の筋肉はほとんど弱くならない、つまり老化しない。
また一日3時間以上は立ったり、カルシウムを摂るのに
心がけていれば、骨はほとんど傷まない。



by huttonde | 2014-11-03 07:40 | 現実話 | Comments(0)
現実話 245
双葉社から「居酒屋力」という書籍を出しました。
ニコニコ生放送でお届けしているシアターテレビジョンの
「現代のコペルニクス」が10月31日午後8時から少し衣替えを
して1ヶ月2回になります。ご案内を出しました。
「ガリレオ放談」(小学館)の「戦争とは何か?」のシリーズが
はじまりました。下の「ガリレオ放談」をクリックするとでます。
ユーチューブでも同じです。
御嶽山の関係の記事(その4)に一部事実と違う記載があり、
1行ほど削除して訂正しました。

武田邦彦ガリレオ放談 |
第85回「イントロダクション」戦争とは何か1(前半)
http://bp.shogakukan.co.jp/takeda/
武田邦彦教授 ガリレオ放談 - YouTube

神様の思し召し? 命をつなぐもの(3)
人間はリサイクル生物

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かつて空気中に95%もあった二酸化炭素が0.04%になり、ついに
生物がこの地球からいなくなる時期になって、人間という生物が
登場し、地下にある二酸化炭素の成れの果て、石油や石炭を
掘り出してそれで自動車を走らせ、エアコンをつけて元に
戻していることを説明した。

まさに人間は地球の命をつなぐために命が誕生してから37億年目
に登場したのだった。それに加えて、実に37億年の間、生物が
貯めた廃棄物をリサイクルする役割も負っている。

第一に空気中にある酸素は地球が誕生した時にはなかったのだが、
生物が吐き出す息で増えてきたものだ。昔の生物が吐き出した
息など吸いたくないといっても、人間は呼吸をしなければすぐ死ぬ。
つまり神様が人間にリサイクルしなさいと言っているのだろう。

そういえば、第二に石油・石炭だって昔の生物の死骸だから、
その意味では人間は糞ころがしのようなもので、
死骸をリサイクルして有用に使用している。

そういえば、第三に鉄鉱石(縞状鉄鉱床)も生物の死骸と鉄が
一緒に眠っていたのを、人間が掘り起こして還元(元に戻)し、
ビルや鉄橋、船、自動車などに使っている。

そういえば、第四に美しい珊瑚礁はサンゴの死骸だが、
人間には美しい海、陸地を提供してくれる。

(そういえば、第五に(録音していた時に思い出したので録音では
後に入っています)コンクリートは酸化カルシウムが二酸化炭素と
結合して出来たものを利用している。酸とアルカリは中性になるよう
に反応するので、二酸化炭素が海に溶けたからといって海が酸性に
なるはずもない。自然は学問通り(学問が自然にしたがって
いるから)なのだ。

人間がリサイクル生物であるのは当然かも知れない。なにしろ
37億年間、生物の活動で自然も大きく変わってきた。大気は
二酸化炭素から窒素と酸素になり、海に溶けていた鉄は生物が
沈殿させて鉄鉱床を形成した、石油や石炭も生物の死骸だから
いつの日にか元に戻さなければならない。

珊瑚礁も少しずつ壊して元の海に戻すことも必要だろう。
人間がもう少し後に生まれてきたら、リサイクルする生物がいない
ので、地球は死の星になるところだった。私は人間が使ったものは
リサイクルしても無駄と言ってきたが、それはリサイクルしようと
しているのに、それをリサイクルしても意味がないということだ。

素直に生きよう。私たちには私たちの使命がある。

(平成26年10月20日) 武田邦彦

仮装社会コラム エコと経済成長と満足

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私は高度成長期に会社の技術職で、研究の傍ら原単位や原価の
計算、研究が成功して事業化した時の収益などをいつも計算して
いました。つまり「現場の経済学」から経済を見ていたのですが、
一番の問題は「常に売上を上げていかなければならない」という
鉄則があることでした。

一言では言えないのですが、国全体の経済成長、他国との
競争関係、会社の経営指標、そして国民の満足度、減税など
主要な経済を「良く」していくためには絶え間ない売上高アップが
必要なのです。

仮に世界には日本しかなく、人に向上心がなければ別ですが、
実際には世界には多くの国があり、人に向上心(より良い生活を
求める欲求)がある限り、「成長地獄(現在に留まっていては死ぬ
という企業の宿命)」が残るのです。私が先回、仮装社会で整理
したのは、バブルの崩壊の後、「成長地獄」から脱皮しなければ
ならないと主張していた経済学者も多かったのですが、具体的に、
「国際競争力、人の向上心」などを含んだ広範な理論を構築した
人はいなかったように思います。

「今後は今までのように無限な成長ができないのだから、
制限された状態での論理を構築しなければならない」という
「ねばならない論」だけだったように思います。そして私の指摘は
(最終的な結論は別にして)、高度成長期に高度成長が
終わったらどういう状態になるかわかっているのに、
なにをやっていたの?ということなのです。「だからどうする」は
このシリーズの結論までかかるのですが、とりあえず、私たちは
一所懸命働いていた時に、その目的(形式的に所得が欧米並み
になる)が達成されたとき、真なる目的(より豊かな生活)を
どのようにして達成するか、誰が考えていたのか?
という問なのです。

第二次世界大戦が始まった後、日本が必死に闘っている時に、
すでに欧米は「戦後の経済体制」をブレトンウッズのマウント・
ワシントン・ホテルで国際会議を重ねていた。私が指摘したかった
のは、日本は果たして「高度成長」のさなかに「高度成長を
いつまで続け、その後、どうするのか」についての国民的議論を
せず、単に「高度成長」という行為のみに走ったのではないか、
その点では、大人とは言えず、子供のような社会ではないか
ということです。

高度成長期前期は年平均経済成長率が9%、後半は4.5%程度
だったのですが、欧米は成熟社会に入って2%程度の成長率
でした。それでも現在のアメリカ(バブル崩壊からすでに25年ほど
を経ている)はまだ「エコ」や「温暖化対策」などは現実的にやって
いません。アメリカやヨーロッパは日本より10年から20年は発展が
早かったので、少なくとも日本も1990年から30年か40年あまり、
つまりはせっかく努力して豊かになった社会で、「石油が枯渇する
とかゴミが溢れる、温暖化する」などと言わずに、「標準的な経済
成長」のもとでまずは目的だった「欧米並みの生活」をしてみるのが
普通の考えだったのではないか、それが仮装社会の一つの原因
となり、現在の締めつけられるような社会をもたらしたのではないか、
と思うのです。

私は1990年まで日本では「成長後の社会」が国民的議論にならず、
それは現在でも同じで、はっきりとした成長論、人生論を持たずに、
とりあえず日銀総裁が言うから2%のインフレターゲットということで
また同じように進んでいるのではないかと考えています。

バッシングしたり、STAP事件のようにイジメたりすることに熱意を
燃やすのではなく、「どうするべきか」に関心と議論を集中したいと
思っています。

(平成26年10月19日) 武田邦彦

憲法9条はない・・・錯覚している日本人

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「憲法9条にノーベル賞」をという馬鹿らしい話があった。未だに、
日本には日本国憲法があり、その9条は存在しない。ここが日本人
の「建前」に対する感覚だが、「無いものをあるという」という
特殊な感覚を持っている。人間浄瑠璃の世界だ。

憲法9条には「武力を持たない、交戦権がない」とあるが、日本は、
「世界ベスト10の自衛隊+世界一のアメリカ軍+水爆をつんだ
原潜10隻(世界最強の核武装)」をしている。だから武力は
持っているし、核武装している。

また防空識別圏があって、そこに無断で侵入する航空機に対して、
自衛隊の戦闘機が「交戦」を前提としてスクランブルをかける。
第一、軍隊がいて交戦しないなどということはなく、北朝鮮が
ミサイルを打ち上げるといったときには自衛隊は地対空ミサイルを
撃つ準備をして配備した。戦闘配置であるので、交戦が前提だ。

言っていることとやっていることが違いのは本当は恥ずかしいことだ。
玄関に「私は人のものは盗みません」と書いておけば、自分が泥棒
しても良い、ことによっては「犯罪を減らすのに素晴らしい宣言だ」
ということで、表彰されるというのはおかしい。

日本の「建前主義」は意味があるかも知れない。でも、それは
かなり深く考えて論理を組み立てる必要があり、普通には
「言っていることをやっていることが違う」ということで、むしろ
恥ずかしいことだ。できるだけそっとしておいたほうが良い。

このブログに「仮装社会」というシリーズをやっているが、まさに
仮装社会というのは建前を掲げておけば、何をやってもお咎めが
ないという社会でもある。小渕大臣の辞任は「日本の地方では
昔から当たり前だが、なんでそんなことがバレる会計をして
いたのか」などというまさに建前論が出てくる。

もともとノーベル賞というのはヨーロッパのものだ。ノーベル賞を
受賞した人は「外国の賞をもらった」ということで尊敬する必要が
あるが、日本もそろそろ「自前の賞」の方を名誉に思わなければ
ならないだろう。

ノーベル賞をもらうと文化勲章が自動的に与えられる。
つまりノーベル賞は文化勲章より遥かに価値の高い賞で、
ノーベル賞はスウェーデン王室から授与され、文化勲章は
天皇陛下がくださるから、天皇陛下はスウェーデン王室の下なのか?
歴史的には天皇陛下の方がズッと上位だが。

(平成26年10月24日) 武田邦彦

福島原発事故の汚染は? 海のサカナと東京湾

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断片的ですが、東京新聞に東京湾の汚染の記事がでたところで、
ざっと現在の汚染状態をサカナなど海に絞って整理しました。

まず、食材のなかで相変わらず危険なのは魚ですが、
その中でも、もっとも危険なのは福島産の近海魚です。

最近の測定を見ても(おおよそ1キロ40ベクレル程度が危険か、
安全かの目安です)、スズキが多いもので、500ベクレル、
ヒラメ120ベクレル、マコガレイ180ベクレル、マダラ60ベクレル
というところで、海岸線のすこしそこの方を泳いでいるサカナ
(やや白身系)が高い値を示しています。

福島県以外では茨城産にときどきギリギリ(40から50ベクレル)の
ものがでますが、「危険な魚」というと「福島産」ということに
なるでしょう。

市場に出ている魚は「1キロ100ベクレル以下」で規制していますが、
これは「空気中や地面、また他の食材からの被爆がゼロの場合」
であり、つまり西日本とか外国に住んでいる人でしたら、福島原発
の影響を受けていませんから、「食材だけ」で良いのですが、
東北、関東にお済みの人は空気中の汚染や地面からの再飛散で
ある程度の被爆を受けていますから、私が計算すると
食材は1キロ40ベクレルが限度になります。

また放射性物質は小さな魚から大きな魚に移ります。チェルノブイリ
原発の事故の時に太平洋にかなりの放射性物質が降ったのですが、
ちょうど3ヶ月ごとに小さい魚から中型へ、中型から大型へと
移りました。しかし、福島の場合は小型の魚の汚染が桁違いに
大きいこともあって、ブリが3ベクレル、マグロが1ベクレル、
そして今が旬のサンマはあまり汚染されていません。

サカナの間を移動しているのは確かなのですが、今回の海の
汚染は極端に大きいので、これまでのデータとは異なった傾向が
出ていると思われます。

このように魚が汚染されているのは、海が汚染されているからです
が、最近、東京新聞が東京湾の汚染状態の調査結果を公表しました。
それによると、東京と千葉の境の場所で1200ベクレル
(1キログラムあたり)、荒川河口で400ベクレル程度でした。

また東京湾は広く40ベクレル程度の汚染ですが、それを東京新聞
は「中心部は汚染が低い」と表現されていました。たしかに1200
ベクレルとか400ベクレルに対しては低いのですがもともと原発で
使ったものを外に持ち出すときには1キロ100ベクレルが限度で、
それを超えたものを扱ったら、1年以下の懲役か100万円以下の
罰金です。

東京湾を管理している都知事やそこに汚染物質を移動してき
たがれきの運搬業者などは本来なら逮捕されたり、
裁判を受けたりする、そういう状態であるということです。

今回はまずは現在の状態を簡単にまとめました。原発に関する
記事は「まぐまぐ」に集中的に出しています。

(平成26年10月13日) 武田邦彦

「異常気象」から身を守るために(8)
災害を避ける方法(台風、豪雨、津波)

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交通事故や火災を防ぐことはできても、天災は避けられないような
気もしますが、「やる気があれば避けることはできる」ということを
まずは「非現実的などうか」を考えずに、整理してみたいと思います。
私は「自分はそれほど複雑なことは考えられない」と思っていて、
最初から「出来るかできないか」、「お金がどのぐらいかかるか」
などは考えずに、「やるべきこと」を整理して、それからできないこと
を外すという方法を取ることがほとんどです。そのほうが頭が整理
されて、方針がはっきり決まるからです。

まず、台風の被害を避けるためには「台風が来たら休んで家にいる」
ということです。今年(2014年)は二回これをやりました。一回目が
台風8号で、仕事で石川県に行き、そこから沖縄の那覇に飛んで
講演をして、東京へ向かうというスケジュールでしたが、やめました。
二回目は台風19号で、名古屋から東京、東京でテレビ出演して
大阪というスケジュールも調整して移動しました。

実際に先方に連絡して「まだ進路ははっきりしないけれど、この時点
で計画をやり直したい」とお願いするとおおよそは大丈夫ですし、
もちろん金銭的な損害はあるのですが、それに倍して安全や
仕事の信頼性が大きいようです。

私の小さい頃の日本の家は貧弱で台風で窓ガラスが破れたり、
屋根瓦が飛んだりしましたが、すでに現在では普通の台風では
家が破損することはなくなりました。ですから、台風や豪雨で
家の中にいて損害を受けるという場合は、1)低地に家がある、
2)河川のそば、3)海岸線、4)遮るものがない高台、5)崖の下、
などです。

かつては川が氾濫すると土砂を一緒に運びますから、低い土地に
泥が貯まり、自然に「平ら」になっていったのですが、最近は堤防
が発達して川が氾濫しなくなり、たとえ氾濫しても土砂を片付けて
しまうので、低い土地は低いままになっています。まず「低いところ
に住まない」ということです(非現実的かどうかは別です。
私はいつも少し高いところに住みます)。

次に川が氾濫した時に水が来ないようなところに住み、さらに
海岸線から少し離れることです。川が氾濫して水があふれる場合、
おおよそ1メートルを越えることはなく、また海岸では台風の時の
風と雨、それに津波がありますから、標高で言えば10メートル
ぐらいあればOKということになります。

低いところがダメというと「高台ならOK」と思いがちですが、高台は
風が強く、得てして崖くずれの多いところがあるので、崖の下ととも
に避けるのが賢明です。第二次世界大戦のあと、アメリカ軍が
沖縄に来て、住民が谷間に住んでいるのを見て「せっかく景色が
良いのに」と高台に宿舎を立てたら、最初の年の台風でアメリカ軍
の宿舎が倒壊したという事がありました。

自然に逆らわずに、粘り強く住居を探すのは、その後の何十年が
とても安心になり、これまでの私の経験ではそれほど地価に差が
あるとは思えません。崖の下でもそこから少し離れたところでも、
「駅から何分」の方が土地の値段には影響があるようです。
たとえ1分ほど長くあるくことになっても、安心して住める方が
良いように私は思います。

川や海のそばではなく、少し土地の標高が高いところで、
崖に近くないという場所に家を移動し、そこであまり火気を使わず、
家の中を整頓し、出かけるときには「事故多発地点」をあらかじめ
調べてそこに近づかないようにする・・・これで格段に安全に
なるでしょう。

台風や豪雨の被害をテレビで放送していても、自分のところは
大丈夫という感じで人生を送ることはとても大切と思いますし、
人口が減少していくのですから、徐々に危険なところの住宅を
減らして、畑や公共施設にするような都市計画も必要でしょう。

(平成26年10月10日) 武田邦彦

ニコ生、10月31日から新企画

長く続けていますニコニコ生放送の「現代のコペルニクス」
(シアターテレビジョン)は、10月31日午後8時の番組から、
月2回(第一回が10日頃で科学系、第二回が20日頃で政治経済、
哲学など)になります。第一回は「W辞任」です。
ご案内を下に書きました。たしか生放送中は無料です。
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14101031025.pdf
(平成26年10月26日) 武田邦彦

正しいとはなにか? 追補版  「正しい」と思う前の手続き

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人は日常的に目の前にあることや話題について、「正しい」とか
「間違っている」と判断する。自分の得になることを正しいと思い、
損になることを間違っていると感じる。これは動物としてまともな
事で、自己防衛反応である。

しかし、人間はそれだけだと理性が納得しない。そこで、
周囲の人が納得できる言い訳を考える。この場合の理性は
「自分一人では人生を送っていけない」という理由から
理性が発動されると考えられる。

だから「正しい」というのは単なる「理屈付け」であって、
もっとおおっぴらに「俺の得になるから、正しいと思う。
でもそれではみんなが納得しないからこういう理屈はどうか?」
というのが誠実な態度かも知れない。

だから人間はほとんど瞬時にして「正しいか間違っているか」が
わかる。それは「損得」を判断しているからだ。たとえばアメリカは
シリアを爆撃している。どう考えても正しいとは思えない。
「戦争はいけない、防衛だけは正義だ」と言い続けている
(世界中が)のだから、地球の裏側まで行って爆撃するのが
正しいはずもない。

でも、理屈をこねれば正しさを作り出すことはできる。いわく
「世界秩序を守るのは指導的立場にある国としては必要だ」とか
「このまま放置すると過激派が世界を制覇するから、
未然に防ぐのだ」などがある。

ところで、「正しさとはその人が得になること」という仮定を置くと、
「本当の正しさを決める準備」が存在することがわかる。それは
まずあることに対して、「年齢、性別、国籍、幼児体験、趣味、
性向」ごとに分類して考えることだ。

「アメリカのシリア爆撃」ということについて、アメリカ人、イスラム国人、
インドネシア人を例にとると、アメリカ人は正しいと言い、
イスラム国人は間違っているといい、インドネシア人は遠い話だが
イスラムを信じているものとしてはイスラム国に味方したいという
感じになるだろう。本当に何が正しいかはお釈迦様にお聞きして
みないとわからない。

「節約は良いことか」ということを、お年寄りに聞くと「良い」と言い、
ちょうど遊びたいさかりの若者は「今、そんなことをしたら人生で
楽しむことができない」と口を尖らせる。若者の方が正しいように
思う。だって、そのお年寄りは若い頃、さんざんバブルで遊びほうけ、
もう飽きたし、彼女の必要な歳でもないので節約が正しいと思う。

ヨーロッパ人に聞くと節約が良いという。ここ300年間、アジアを
植民地にしてさんざん贅沢をしてきたし、アジアは独立してしまって
今後は自分たちで働かなければならないので地球環境とか言って
いる。アジアの人は「これからやっと自分たちも欧米並みの生活を
しようとしているのに、こんな時に節約と言うな」という気分だ。

女性に聞いてみると「節約は良いこと」と答える。よくよくその意味を
問うと、「節約してお金を貯めて旅行に行きたい」とか
「老後に備えたい」という。それは節約ではなく、
用途の違いだと説明しなければならない。

女性の節約はほとんどが用途の違いで、女性で給料を上げる(浪費)
に反対する人はいない。また「自分は節約したいから」というのと、
「他人も同じ考えでなければならない」というパターナリズムは
おじさんと女性に同じように見られるのも不思議なことだ。

「幼児体験」も正しいという判断に大きな影響を及ぼすようだ。
「里山を残さなければならない。ゴルフ場反対」というのを聞いて
いると、里山もゴルフ場も「自然に手をつけて人間の役にたつように
する」というのは同じで、里山があるのは貧乏な時代に田んぼを
作ったからで、ゴルフ場はバブルで浮かれて遊んだからだ。

里山は良いけれどゴルフ場はいけないという意見には「幼児体験」、
「ゴルフは遊びだから悪だ」という自分だけの論理が見える。
里山も無残に山肌を削って段々畑にする。人間から見ればお米が
取れる段々畑は美しく見えるが、自然ではない。段々畑で働く人は
果たして「人間らしい労働」をしているだろうかと考えると、
これも疑問がある。

私は「私が正しいと思うこと」を「正しい」とは言わない。
「私はこう思う」とか、「私は皆さんと違うけれど、これが正しいと
思います」と表現する。人間にはなにが正しいかを判断することは
できないが、ただ「ウソ(自分が知っているのに違うことをいう)」
ことや、「場合によって違うことをいう」などをしなければ
軋轢の少ない社会になると思う。

自分が得になることを正しいと感じるのは仕方がないが、
ウソや両価性(価値の違うことを相手によって平気でいう)は
お互いの約束で止めることができるからだ。

(平成26年10月27日) 武田邦彦

「異常気象」から身を守るために(9) 災害を避ける方法(地震)

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自然災害に私たちがビクビクするようになったのは、「東海地震予知」
からです。それまでは、「地震も台風もときどき来るものだから、
来ても大丈夫なように準備しておこう」と思っていたのですが、
東海地震が予知できると言われ、それからずっと「地震がくると
わかったら、逃げよう」というように「準備」より「逃げる」ことに
気持ちが行ってしまいました。

その結果、東海地方だけは「明日にも来る」と40年も言われて、
枕元に防空頭巾やはては乾パンまで準備して寝たものです。
でも、それはすべて「ウソ」だったのです。日本人は素直な性質
ですから、政府、専門家、NHKなどが繰り返すと、頭にそれが
刷り込まれて何回もダマされても、信用しているところがあります。



by huttonde | 2014-10-23 06:00 | 現実話 | Comments(0)
現実話 244
御嶽山の関係の記事(その4)に一部事実と違う記載があり、
1行ほど削除して訂正しました。

武田邦彦ガリレオ放談 |
第85回「イントロダクション」戦争とは何か1(前半)
http://bp.shogakukan.co.jp/takeda/
武田邦彦教授 ガリレオ放談 - YouTube

仮装社会(3)
日本社会の大きな変化と仮装社会のはじまり(その2)

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1956年から始まった日本の高度成長は、日本人の生活を
豊かにしましたが、一方で、社会も家庭も人生の行き方も
大きく変化し、複雑になりました。多くの問題が次々と
表面化し、一つも解決ができないうちに次の課題が生まれる
という具合で、なにがなんだかわからなくなったのが
1990年代でした。

つまり仮装社会の始まりだったのです。

特に顕著だったのが、あれほど懸命に働いていた日本人が
「活動の目的を失った」ということでした。1956年から
1990年までただひたすら「豊かになる」という目標があり、
三種の神器と持ち家を得るために必死に働いてきたのですが、
1990年になって現にそれを手にすると「次は何をするの」
ということになったのです。

日本人は面白い民族で「目的」にはあまり興味がなく「行為」
が好きだというところがあります。アメリカの家庭を描写
したテレビドラマを見て、「ああ、あんな豊かな生活が
できれば良いな」とは思い、それに向かって邁進することは
できるのですが、自分たちで「理想的な社会と人生」を
考えることはあまり好みません。「思考停止型で実行型」
なのです。

私が原子力の研究をしていた頃、私は「自分は原子力を
やるべきだろうか?」と日夜、苦しみました。そこで部下の
人にその質問をぶつけると、きょとんとした顔をしているの
です。つまり、「原子力を研究する」というのは上から
降ってきた目的で、それには関心がなく「どうやるか」には
必死で、夜遅くまで研究をしてくれます。100人ぐらいの
研究部隊でしたが、「やるべきか」を考えていたのは、
ごく少数、2,3人のいなかったと思います。

その頃、「やるべきかどうかがわからないで、よくあれほど
一所懸命やってくれるな」と思っていたものです。現在でも
「原子力を再開すべきか」という議論を聞いていますと、
理由もなく再開すべきと思っている人と、思想的に再開する
べきではないと考えている人が罵倒し合っているだけで、
議論をしているようには見えないのです。

高度成長期(1956年から1990年まで)に、日本人が目指
した「豊かな生活」とはどういうものだったのでしょうか?
それははっきりしたイメージがあったのです。
1)欧米並みの所得(1990年に達成)
2)毎週土日と、土日を含めたまとまった休日が30日ぐらい
 で、そのうち20日ぐらいが家族旅行

3)家電製品、持ち家、車、クーラーなどが充実
4)揺篭から墓場までの保証された人生
5)突然の事故や天災に巻き込まれない安全・安心な生活

「豊かな生活とはなにか?」などと議論される場合が
ありますが、そんなにむつかしいことはないので、
国民総生産が500兆円、働いている人が1億人とすると、
おおよそ一人年間500万円の所得で、休日が土日と年間
15日ほどの祭日や正月、それに20日の有給休暇をとり、
まあまあの家で車がある生活ということですから、
ある意味「普通の生活」です。

ところが、現在は休日の取得日数が8日(フランスは30日)、
家族のドライブはほとんどなくなり、観光地はどこも
青息吐息という状態になりました。また年金が破綻し、
非正規雇用が増え、経済が乱高下し、大地震や大災害が続く
・・・という思いがけない社会になったのです。

家庭の崩壊が続き、離婚は増え、高齢者の孤独や認知症など
が社会問題になります。自殺は旧共産圏諸国の不安定な国を
超える勢いで、原発の爆発でさらに社会は不安になります。
だから「なにが豊かか?」という問いに発展し、勢い、
「自然とともに」などと言われますが、まずは「生活環境が
変わったなかで準備していかなった男女、家庭などのような
人間の問題」と「豊かになってルーズになった指導者」が
私たちを苦しめるようになったということです。

(平成26年10月7日) 武田邦彦

「異常気象」から身を守るために(6)
富士山は噴火するのか?

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火山が噴火するには地下からマグマが上がってきて、それが
少しずつ山の地下に溜まり、その圧力が高くなって、
上の土を一気に吹き飛ばすぐらいの状態になるか、それとも、
マグマの中に水が入って水蒸気になり、急激に圧力が
上がった場合だ。

だから、火山の噴火は太平洋の真ん中(たとえばハワイ)の
ようにいつも地下からマグマが吹き出して、太平洋の底を
動かしているようなところと、日本のようにプレートが
潜り込むことで歪が起こり、それがもとでマグマの蓄積が
おこる場合がある。

その一つが富士山で、歴史的にはっきりしているのは
西暦781年に噴火があり、800年に延暦噴火があり、
合計8回の噴火は1083年まで約300年続いた。それから
永正噴火が1511年に起こるまで約400年休み、この時には
計5回の噴火で1707年に終わっている。この間は200年だが、
最後の宝永噴火が大規模だったので、それ以後の噴火は
見られない。

このことから、大雑把に言えば、富士山は400年休んで、
300年噴火するという周期なので、1700年から400年という
と2100年だからそろそろとも言えるし、もともと宝永大噴火
のあと、1854年の安政の地震まで地殻変動が続いたとすると、
それから400年だから2250年ぐらいになる。つまり富士山の
次の地震は2100年から2250年の間におこるとも言える。
しかし、100年ぐらいはどうにでもなるし、東北大地震と
東海地震のこともあるので、21世紀のはじめに噴火しても
おかしくない。

つまり、400年休止して、300年噴火が続くといっても、
それは1回か2回のことで、かならずその周期で噴火する
というにはデータが少なすぎる。すでに宝永大噴火から
300年経っているので、爆発しても不思議ではなく、
その爆発規模は宝永大噴火より小さいか、大きいかも
わからない。小さければ小さいで理屈がつけられるし、
大きければ大噴火の説明がされるだろう。

東北大震災を予知できなかったのは、三陸沖の地盤の固着
状態から言って、大きなエネルギーが貯まる前に崩壊する
(地震が起きる)と思われていたのに、現実には地盤の
固着はかなり大きく、そのためにエネルギーが蓄積して、
マグニチュード9になったと解釈されている。地震学も
噴火学もその程度であることは御嶽山の噴火で
よくわかっている。

ところで、なぜ「富士山が噴火する」と考えるのだろうか?
それは「火山が噴火する」と決めてかかっていること、
「大きな火山は大きな噴火をする」と思っていることによる。
もちろん、火山の場合、地下の岩盤の構造やマグマの道が
ついているので、火山の方が噴火の確率が高いが、たとえば
昭和新山のように昭和になって(1944年)畑の湧水の
温度が上がり、続いて噴火が始まった。

畑が噴火して山になり、今では標高400メートルにも
なっている。だから、火山だけが噴火するわけでもなく、
また大きい山が大きな噴火をするということでもない。
さらには「破局噴火」と言われるカルデラ噴火の場合には、
かつて地下に大きなマグマだまりができて、それが大噴火を
起こす。たとえば鹿児島湾(錦江湾)が有名でこのような
大規模な噴火が起こると南九州一体が全滅する
(大分でも噴煙が50センチも積もる)例がある。

世界で次に破局噴火が起こるとされているのはイエロー
ストーン国立公園(アメリカ)で200万年前、120万年前、
そして60万年前に噴火を起こし、そろそろではないかと
言われている。ただ、地球の動きなので、「そろそろ」
といっても1万年から10万年ぐらいはずれるから、警戒する
といってもかなりむつかしく、「噴火したら運が悪いと思う」
というぐらいだろう。

いずれにしても、日本は火山列島で地震の巣の上にある。
だから、古来から、台風、豪雨、火山、地震、津波などは
「日常的な災害」であり、特別なものではない。
しかし、今から100年前の関東大震災が起きてから、
本当は大規模な地震もあったのだが、その記憶が薄れて、
「東海地震の予知」以来、災害は予知できると錯覚した
ところに現在の私たちの不安があると思う。

(平成26年10月10日) 武田邦彦

唖然とする指導者の姿・・・御嶽山、もんじゅ、そして原発

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「50歳以上の男性の不誠実」はどこまで続くのだろうか?
これには深い原因があるので、それはまた別の機会にゆっくり
整理をすることにして、まずは事実を一つ一つ考えていきたい。

御嶽山の噴火で犠牲になった人は無念だろう。なにしろ御嶽山
の山頂で地震を測定していたはずの地元自治体の地震計は故障
していて、11月頃、名古屋大学から新しい地震計が運ばれる
予定だった。

つまり、御嶽山の噴火が予知できなかった大きな理由の一つは、
「地震計が壊れていた」ということと思う。これに対して
気象庁側は「頂上の地震計などいらない」と言い訳をしている
が、それなら最初からいらないし、科学の常識から考えても
「遠くにある地震計」より、「できるだけ近くに多くの
観測点があったほうが良い」のは当然でもある。

地震計が壊れていたことがバレると、「もともといらない」と
言いながら、実は急いで設置しようとしていたのだから、
本当に不誠実だ。また、噴火の危険性を示すレベル1は
「安全に登山できます」とされているのに、事故が起こると
「火山はいつでも噴火する。そのぐらいはわかっているはずだ」
と開き直る。

もともと御嶽山は学校の遠足でも行くところで、8号目まで
ロープウェーが行っている。何を見ても、今まで噴火予知
委員会は「御嶽山で50人もの犠牲者がでるような噴火はない」
と判断していたに決まっている。

お弁当を作って食中毒を出しても、航空機を飛ばして墜落
しても、「わからなかった」ではすまない。判らなければ
お弁当を売ってはいけないし、墜落するかどうかわからない
航空機に人を乗せてはいけない。食中毒や墜落で人が死んだら、
「食品だから食中毒が起こることぐらいわかっているだろう。
臭かったら食べるな。」と言ったり、「人間が空を飛ぶの
だから危険は承知だろう」などということはできない。

ところで、今日の新聞に「もんじゅ(原発)で監視カメラが
180台ついているのにそのうち、約3分の1が故障したまま
放置されていたことがわかった」と記事にある。
どうせ監視カメラは国の税金だし、危険でも安全と言えば良い
(もんじゅは二度の事故を起こしているが、決して「事故」
とは呼んでいない)と思っている。
私たちは信じられないが本当にそう思っている。
そうでなければ安全を保つのに必要だから購入して設置
してあるカメラを故障したまま放置することはない。

ひどいものだ。でも、それは私たち国民はすでにわかっている。
東京の電気の3分の1が新潟と福島という300キロも離れた
ところに原発をおいて送電していた。いま、経済界のトップで
ある経団連は原発を再開するのに賛成である。
そこで質問をしてみたい。

武田「会長さん、原発は安全ですか?」
会長「そりゃ、安全だよ」
武田「送電ロスがかなりあるのですが、
 なぜ東京に作らないのですか?」
会長「そりゃ、危険だからだ」

だれでも驚く会話だ。でも、今度の御嶽山の噴火のあとの
噴火予知会長の会話とまるでそっくりだ。

記者「レベル1は安全に登山できるのですか?」
会長「そりゃ、安全だよ。レベル1の説明を見ただろう。君は」
記者「でもレベル1で50人以上も犠牲になりましたが」
会長「そりゃ、君。大人なら火山が危険だぐらい知っているだろう」
記者「火山が危険なら、なぜレベル1が安全なんですか?」
会長「俺たちはその場その場なんだ。
 そんなことも分かっていないのか」

ということだ。経団連の会長が「原発は安全で、危険だ」といい、
噴火予知会長が「御嶽山は安全だが、火山だから危険だ」
と平然というのとまったく同じ感覚である。

これを「両価性」という。同時に二つの矛盾したことをいっても
本人は気がつかない。自分の名誉、お金、利権、権威などに
惑わされた一種の精神病である。でもこのような人が日本を
指導しているし、それを私たち自身が厳しく追及もせず、
そのまま認めているのだから、かわいそうに11歳の子供も
含めてぎせいになった。大人の責任だろう。

今でも原発を再開するのに賛成している人が多いぐらいだから。

(平成26年10月12日) 武田邦彦

仮装社会コラム 同じことでも違う感じに?

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同じ言葉で同じ意味に使っても、時代や社会が変わると、
違う目的、異なる意味になることがあります。その一つが
「省エネルギー(省エネ)」です。

高度成長時代、省エネは生産量を上げ、資源を多く使うために
もっとも大切なことでした。後に、省エネが資源の節約の意味を
持つようになったとき、私は違和感がありました。
「なぜ、省エネが資源を節約するの?」と感じたからです。

たとえば「冷蔵庫の生産と使用」を考えます。冷蔵庫を生産する
とき、電気や石油をどのぐらい使うかというのは「原単位」という
ややいかめしい言葉を使います。製品を1キログラム作るのに
電気を何キロワット使うかということですが、わかりやすく、
冷蔵庫を一台作るのに電気をいくら使うということと同じです。

今、冷蔵庫を10万円として、製造の時に一台あたり1万円の
電気や石油を使うとします。生産を効率的にして省エネを達成し、
1台あたり5000円でできるようになると、1台の値段が95000円
になりますから、その会社が1億円で冷蔵庫を生産しようとして
いたとき、最初は1000台しか製造できなかったのが、
省エネ後は1052台になります。

つまり省エネをすることによって、その会社は同じ資金で52台も
余計に生産できるようになるので、省エネは会社にメリットを
もたらし、生産量を増やし、資源を余計に使うようになります。
これが高度成長の時の省エネでした。
(増産しても売れることが前提)

ところが、環境の時代になると、180度変わって、「省エネは
省資源になる」と言われるようになったのです。その理由を
聞いてみると、10万円の冷蔵庫で、それまで1万円の電気と石油
を使っていたのに、それが5000円で済むようになると、その分
だけ電気や石油を使わなくなるというのです。つまり、冷蔵庫の
値段が下がっても冷蔵庫の売れる量は同じだから、
資源が節約されるというのです。

そうすると、企業は売上高が1億円から9500万円にさがります。
一方、冷蔵庫を使う方は、買う値段が下がり(5000円手元に
残り、10年使えば1年あたり500円)、電気も省エネになって
いると、電気代も下がる(たとえば500円)ので、
合計1000円だけ余ります。

企業は売上が減り、個人はお金があまる・・・その結果、
デフレになり、企業はお金を借りないから銀行が国債を買って
赤字国債になり、消費税があがる・・・ということになって、
アベノミクスが始まったのです。

つまり、個人から見ると1000円あまるのですが、「地球のこと
を考えて1000円を捨てる」という決断はつかず、結局、自分の
代わりに政府が使って政府の借金になり、それをもう一度、
消費税として取られるという悲惨なことになったのです。

個人があまった1000円は、その個人が使っても政府が使っても
「資源の消費」という点では同じです。だから個人サイドでは
「省エネ」は省資源にはなりません。また企業は販売量が減って
売上が下がると経営が悪くなりますので、なにか別のことを
するようになるので、これも同じです。

またあまりここでは深く考えませんが、日本だけを見ると
「もう冷蔵庫はいらない」ということになりますが、世界の
5分の4の人は冷蔵庫が欲しいのです。自分だけの事を考える
というのは環境とか省資源という考えとは遠く離れたものでした。

(平成26年10月14日) 武田邦彦

マララさんのノーベル平和賞について

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17歳のマララさんにノーベル平和賞が与えられた。
日本の反応は「素晴らしい勇気を持った彼女に与えられたのは
よかった」という反応だ。でも私は違う。テレビの解説でも
やや近いことを言った。
二つの疑問がある。一つは「ノーベル賞は神様が決めているの
ではなく、人間が決めている」ということだ。二番目は
「平和というのは他人の価値観を認めることだ」と思う。

かつてポルトガルが世界の半分を制覇し、そこの国民を奴隷
状態にしたことはよく知られている。東チモールというところ
をポルトガルが植民地にした時に、「ポルトガル人は自由に
現地の女を犯して良い」というお触れを出し、
暴行することを奨励した。

・・・
それによって二世が大量に生まれ、男の子にはすべて二世という
称号(父の名前の一部)と銃を与えた。のちのこの集団が
「独立戦争」をする。つまり「独立」とは名ばかりで、
直接的な植民地が無理になったので、「父がポルトガル人」
というプライドを持たせて、独立させた。
この時の英雄にノーベル平和賞が与えられた。歴史的には
完全に有色人種を支配し、劣等民族と考えた白人の策謀であり、
ヨーロッパとしては後退を続けたアジアに一矢を報いる作戦の
一つで、それをノルウェーのノーベル賞委員会がやったことだ。

アウンサンスーチー氏の時でも、ビルマ(今のミャンマー)
を植民地にしていたイギリス男性と結婚し、イギリスで学校を
出て、祖国ミャンマーを弱らせる作戦に加担した彼女に
ノーベル賞をあげた。文盲が減り、所得がある程度まで行けば
「民主的」というのが国を栄えさせるが、それまでは投票など
を行うと、国が大混乱する。

このように、ノーベル賞はつねに「有色人種を圧迫した人」に
与えられる。今回もマララさんがやったことはヨーロッパから
見ると正義で、都合が良いけれど、パキスタン、特にイスラム
の考えでは正義ではなく都合もわるいのだろう。

自分が正義と思うことを他人に強制することが戦争に繋がる。
その意味では、マララさんの行動はその社会では「反社会的行為」
である可能性がある。人はみな、自分で考えている。そして
それが自分と違っているからといって、強制力を使っては
いけない。

今、イスラムに「過激派」という名称の団体が多いが、
これはアメリカやヨーロッパがイスラムの石油利権を求めて
悪行をしたことに対する反発で、イスラムの文化はその地方、
その風土、その発展段階でそれなりに意味のあるものとして
私たちは受け取らなければならない。

日本でも主君のために死ぬことや、人形浄瑠璃で描かれている
主君のために我が子に手をかけることが「義」とされていた。
また、日本人はノーベル賞というとまるで水戸黄門が
「この印籠が」というのと同じで、絶対的な権威が決めている、
神様が決めていると錯覚しているが、ノルウェーのノーベル賞
選考委員会(平和賞はノルウェー)は、ヨーロッパの利権を
守ろうとするいかがわしい団体である。

日本人を貶めるための「宣伝映画」を作り、おしぼり
(日本の発明)を使ってケーキで顔を拭く日本人を
揶揄したのもノルウェーである。

(平成26年10月14日) 武田邦彦

関連
海外CM 『Japanese』
日本人なめられすぎ! 電通は何を考えているの?
2013/10/10

カンヌ国際広告祭で金賞を受賞した作品(1999年)
タイトルは『Japanese』 ノルウェーのブローテン航空のCM
ビジネスマンがレフセ(ノルウェーの伝統的なお菓子)と
おしぼりを間違えて、顔に生ク­リームがべったりと・・・
今度は差し出されたおしぼりをれセフと間違え、
お腹がいっぱ­いとジェスチャー
このレフセというお菓子
そんなに世界的に有名なのでしょうかw 
おしぼりは日本の文化! 
おもしろCMとして製作されたのだと思われます 
審査員の中に日本の電通社員も含まれていて、
「外国人の目に異様に映る日本人の姿を事­実として
受け止めよ」とコメントしたそうです 
国際的に日本のイメージを下げることに
一生懸命のように感じてなりません

ニコ動が削除されていましたので、
YouTubeにアップします


欧米がいかに世間知らずかという症例として
知らしめればいい。

「異常気象」から身を守るために(7)
災害を避ける方法(事故、火災)



by huttonde | 2014-10-13 07:10 | 現実話 | Comments(0)
現実話 243
10月10日、午後6時から名古屋の駅近くの
キャッスルプラザ(ホテル)で講演会をします。
名古屋の駅近くのキャッスルプラザ(ホテル)で
講演会をします。
演題は「日本列島の人生は危険なのか?」です。
入場料が2000円でちょっと気が引けますが、
お時間のある方はどうぞ。お申し込みは
名古屋ウェストライオンズクラブ
(052-959-2880)
です。じっくりお話をします。

武田邦彦ガリレオ放談
第83回「科学でウソは成立しない」S
TAP事件を通じて科学を知る 5
http://bp.shogakukan.co.jp/takeda/
http://youtu.be/crLZBZTUb7c

不誠実な温暖化学者(1) 過去に例があるのにコンピュータ

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今回の御嶽山の噴火でよくわかったように、日本の指導部は
国民の命というものを真剣には考えていない。当人たちは
それなりに考えているように思っているだけで、「言い訳」
を探しているに過ぎない。その一つが温暖化である。
これから多くの人が寒冷な気候で苦しむことなど
「その時になったらその時だ」と思っている。

世界の気温はここ17年間、上昇が見られず、その間、
温暖化学者やNHKは「温暖化が進んでいる」というウソを
言い続けてきたが、一向に反省が見られない。
未来は分からないが、すでに過去に事実と違うことを
言ったことについて、その理由を釈明する必要がある。

17年というと、現在20歳の人は「温暖化」を経験して
いないことになり、現在40歳の人は人生のもっとも重要な
時期に温暖化とは無関係の社会で生活をしていたことになる。
でも、この20年は、温暖化対策、節電、節約、排出権取引、
レジ袋追放、そして最後に熱中症と温暖化がウソなのに
まるでそれが現実だったような仮想の社会で人生を
送ってきた。

政治やマスコミがウソを言うのは、今回が初めてではないが、
学者までがずっとウソを言い続けてきたことは学者の一人
として本当にがっかりすることである。そしてその中でも
「過去に経験したことがあるのに、あたかも未来のことの
ようにコンピュータを使う」というのがもっとも不誠実だろう。

先日の講演会で、地球が出来た時には大気の95%がCO2で
あったこと、現在が0.04%だから、これから100年後に
予想されている0.05%というのはすでに地球が経験済みで
あるという話をしたら、ショックだった人がおられた。
その人は論理的に考える人なので、自分が騙されていた
ことに衝撃を受けたのだ。

95%のものが、0.04%に減ったのだから、その途中に0.05%
の時代を通ったことは誰でもわかる。単純計算すると現在
より0.01%多い時代は今から39万年ほど前でその頃の
地球の気温はわかっているし、現在とほとんど変わらずに
氷期と間氷期を繰り返していた時期だ。だからまず、
誠意ある学者なら、「地球のCO2は現在よりかなり多かった
が、それが徐々に減ってきた。だから、CO2が増えたら
どうなるかは、過去を調べるとわかる。現在のペースで
CO2が増えたとしても100年で0.01%程度増えると予想
されていて、過去の記録からは気温にはほとんど変化は
見られない」とまずは言うべきだ。

次に、20世紀の初めから現在まで、CO2はずっと上がり
続けているが、地球の平均気温は1940年から1980年に
かけてと、1995年から2015年にかけてはやや低下している。
つまり、CO2が上がっても気温の上昇が止まっている期間が
20年、30年と続く理由を説明しなければならない。
つまり、科学は同じ現象の場合、過去の自然現象を説明する
ことができる場合に限って未来を予測できる。当然といえば
当然で、科学はある条件や仮定が同じなら、同じ結果に
ならなければ科学ではない。学者同士で議論している間の論文
などはまだ科学ではない段階のものもあるが、社会に影響を
及ぼすようなものを学者が発言する時には科学の段階に
なければならない。どうしても緊急な場合は
「まだあやふやですが」という注釈が必要だ。

過去と現在の違いを求めれば「時間」の差がある。
自然にCO2が変化するときには、0.01%がもっとも遅くて
40万年ぐらいかかるが、人工的に増やすときには100年
でも変化する。だから、もっとも良いのはCO2の変化が
激しかった時があるので、その過去を調べること、次には
速度が違う時の影響に絞って研究することだ。
このことについては次回の「不誠実」にも書きたいと思う。

(平成26年9月27日) 武田邦彦

不誠実な温暖科学者(2)
熱が海水を突き抜けるという東大教授とNHK

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NHKと東大教授というのはなかなか良いコンビのように思う。
どちらも「平気でウソをつく」ということや、「口先は優れている」
ということだ。たとえば、あることを言う時に、それまでに言って
いたことと全く違うことを言う場合でも顔色一つ変えず、
悪びれずに堂々としている。ある意味でたいしたものだ。

温暖化のサミットに合わせて、温暖化の番組を組んで
東大教授を出していた。「政府が右と言えば右」、
「国民に優しく説明するためには政府と違うことを言ったり、
国民が考えなければならないことはダメ」という信念と方針に
よるもので、それなりにつじつまが合っている。

そこで、東大教授が科学としては驚天動地のことを言っていた。
「ここ10年ほど、地球の気温は変わっていない。これは「停滞」
とは言わずに「ハイエイタス」という用語を使う(そうすると
NHKがこれまで放送してきたこと=温暖化が進んでいるというの
との差がわからなくなる)」ということと、「その原因は深海に
熱が吸収されたからだ」と言っていた。

全体としてつじつまの合わないことを言っても庶民がわからない
ことをよく知っている。言葉は悪いが詐欺師というのはそういう
ものだ。NHKはずっと「温暖化が進んでいる」と放送してきたが、
実は若干、寒冷化していたという事実が、NHKの批判に
ならないように頭を絞ったのだろう。絞るなら国民のために
絞って欲しいものだ。

まず、期間を短く言う(17年を10年)、次に温暖化してなかった
というと露骨だから「ハイエイタス」と言う。さらに気温が
上がらなかった理由が必要だから、深海の温度が上がっている
ということで説明した。

最初の2つは子供だましだが、三番目はちょっと物理の知識が
いる。ごく簡単だが、「大気の熱が海に吸収されるとまずは
表面の温度が上がるが、それを言わなければ、熱が海を貫通
することになり、専門的には間違っているが庶民はわからない」
と踏んだ。

さらに、海流があるから海の深いところに熱が持っていかれると
いえばなんとなくそう思うだろうという作戦だ。でも大気から
熱が海洋に伝熱する時には、海面全体で熱が伝達するから、
それが海の深いところだけ温度が上がるはずもない。
こんなことを学会で発表したらかかなり突っ込まれるだろう。

ところでこの説明は、これまで人工的に二酸化炭素が増えるとき
には、0.01%増える速度が速いから、熱は海洋に逃げない、
だからかつて自然に変化したCO2の影響と、現在の人工的な
変化は違うのだという説明を全て覆すものだ。

つまりわずか10年か20年の間に、大気中蓄積した熱の全てが
海洋の深部に吸収することになり、そんなに熱移動が早いなら、
時間の問題ではなくなるからである。

私はこの番組を聞いて、そろそろ暴動が起こるのではないか、
これほどのウソが通るようになった社会はいったい
どういうことになるだろうか?と考え込んでしまった。

(平成26年9月27日)  武田邦彦

10月10日名古屋チャリティー講演会

チャリティー講演会のご案内です。
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武田邦彦

御嶽山噴火事件(3)
「予知できるか」が問題ではない。「予知した」のが問題。

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御嶽山の事件は「亡くなった人、そのご家族」の気持ちになって
謝り、報道するのが基本と思う。

御嶽山の噴火事故に対して、テレビなどでいわゆる「専門家」
(この専門家と呼ばれる人たちの多くは専門家の意味が
分かっていない)が「火山の噴火は予知できない。
少ないデータでレベル2に上げることはできない」
と盛んに言っている。

私も先日、テレビ解説をしたらテレビ局が「予知はできるのか?」
という質問がフリップ(テレビの時に紙芝居のように使う掲示板の
ようなもの)に書かれていたので、「予知できるかどうかより、
予知できないのになぜ予知したのかが問題です。予知できない
のに予知したということになると、無責任ということもわかります」
と言った。

21世紀に入って、火山の危険性を具体的に表示しなければ
いけないということになり、それまでの「活火山、休火山、
死火山」という名前をやめて、活火山だけにし、その危険度を
レベル1(安心して登山できる)からレベル5までの段階を
作って公表した。

日本列島には110の活火山があるが、そのうち、「観測網が
準備できる」ということで47の火山でレベル表示が行われた。
この事自身がいい加減だが、とにかくそうなった。この時点で、
「火山の噴火は特別な場合(有珠山のように研究が十分で、
経験も豊富)を除いて予知できない」ということがわかっていて
「予知できない」という説明文も同時に気象庁がだしている。

昔の気象庁は技官が中心で、気象データをコツコツと集める
ところで、その頃、気象庁の役人というと野暮ったい人が
でてきたものだ。ところが、華やかで美人の女性気象予報士が
出てくるようになってから、その雰囲気は一変し、仮想的な
表現が増え、気温の測定もいい加減になった。

このことは東北大学の近藤先生のようにキチンとしたお考えを
持っている学者には耐えられない状態で、先生は1000万円
近くの私財を投じて、せめて気温観測ぐらいは正確に
しなければということで測候所の改良を私費で
やっておられた。

NHKなどの責任もあるけれど、それ以後の気象庁の発表は、
「人騒がせ、大げさ、いい加減」(HOI、HOI・・ホイホイ行政)
になった。メディアを見方に付け、「一生に一度」とか
「最高気温記録」ということだけを強調し、この噴火予知の
ように「わからないものをわかるように言って予算取りをする」
という体質に変わった。

もともと、噴火予知ができる活火山は5つぐらいだろうと思う。
厳密にいえば、有珠山と現に噴煙を上げている桜島ぐらいでは
ないか。それを47の活火山の噴火予想を公表していたのだ。

私の経験(国の委員会の座長の経験)から言うと、
次のような会話があっただろう。
官僚「先生、活火山は噴火予想を出しましょう」
先生「それはだめじゃないですか。予知できないのだから」
官僚「学問的にはそうと思いますが、それでは国民も納得
 しないし、予算も取れません」
先生「じゃ、仕方ないな」
(「仕方ない」というのは、予算取りなどを優先して、
登山した人が突然の噴火で死んでも、そんなことは
関係ないという意味)

東大の先生が御用学者として使われる理由は、
1)物分りが良い(官僚が言ったらその意味をすぐ理解し、
 自分の学問的信念を捨ててくれる)
2)勲章が目の前にぶら下がっているので、
 決して受勲者を推薦する省庁に逆らわない

3)学閥があり、影響力が強い
4)東京にいて呼んだらすぐ霞ヶ関(官僚のところ)に来る
というようなことがあるからだ。

もともと東大卒には「自分で考える」というタイプの人は
少ない。なぜなら日本の試験は「出題者の意図」を正確に
把握して、「覚えたとおり」の答えをすると成績が良くなる
から当然でもある。

日本の現在の悲劇のある部分は、「二世化」、「御用化」、
「思考停止化」、「メディア化」にあり、それは戦後70年の
制度疲労にほかならないと思っている。だから、まずは
「小さい政府=減税による役人の数を減らす」、
「東大の廃止=御用化を防ぐ」、
「NHKの廃止=思考停止を防ぐ」ことがまずは必要で、
もしそれができていれば今回の御嶽山の事件は、おそらく
なかったか、あっても少数の犠牲者で済んだと思う。

犠牲になった人に申し訳なく感じる。

(平成26年9月30日) 武田邦彦

普通の歴史(隣国編―3)
中国はなぜ白人と戦わなかったのか?(その2)

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19世紀に入ると白人は東南アジアをほぼ制圧して、中国にやって
きます。南からはイギリスとフランス、北からはロシアでした。
もし中国という国が小さく、白人が進む途中にあったとしたら
中国も奴隷的植民地になったのですが、国が大きく奥座敷に
あったので、白人も全部を植民地にするという必要は
なかったのです。

そこで、清王朝と交渉して、次々と「不平等条約」を結び、
「領土と利権」をとっていきます。最初はイギリスとの南京条約
ですが、その後、フランス、アメリカ、ロシアと次々と
不平等条約を結び、清王朝がとった膨大な土地を少しずつ
切り売りしていきます。

当時の清王朝の天子(皇帝)はすでに満州からやってきた頃の
覇気はなく、北京の王朝で後宮の女性と楽しい暮らしをして
いましたし、第一、自分やそのほかの王族、官僚にとってみれば、
生涯にわたって見ず知らず、行くこともない遥か遠い土地を
少しぐらい白人に分けてもどうってことはなかったのです。

私たち日本人にとっては「日本国」というのがあり、その中で
「遠州」とか「備中」という地域に住んでいるのであって、
日本国はどこに行っても日本人が住み、言葉は日本語が
通じたのです。
ところが、中国やヨーロッパの場合、「中国」、「ヨーロッパ」
という地域があるだけで、そこには「どこからかやってきた
言葉も通じない王様とその一族」が税金を取るという事
だったのです。

数年前、イギリス王族に子供が生まれたと日本では大騒ぎをして
いましたが、現在の王朝はかつてドイツから来て英語がわからず、
それが立憲君主制を生んだともされています。日本では日本語が
わからない王様などはいませんでしたので、かなり「国」の
感じが違うのです。

清の皇帝とその一族は女真族で、中国が「我が領土」という
感覚はなく、「うるさい白人に少し土地をやっておけば良い。
贅沢に暮らせれば良い」ということで、愛国心もなく、
そこに住んでいる住民(国民とは思っていない)の事など
考えるはずもなかったのです。

だから、19 世紀の初めにイギリスと小競り合いをしただけで、
あとは割譲に割譲を繰り返して19世紀末まできました。さらに
そこで、それまで属国だった朝鮮(李朝朝鮮)との関係を巡り
日本と対立、日清戦争が起こりました。

それまで中国に少しずつ領土や利権を得て満足していた白人は、
日本があっさりと「大国」と思っていた中国を破ったので、
「これはさらに行ける」と考え、まずは日本が中国から
得ようとした戦争賠償金を狙い、さらに土地を狙ってきます。
「中国は死んだ虎だ」ということがはっきりわかったのです。

中国はさらに割譲を続け、ロシアには満州を(鉄道使用権、
軍港など全部ではないが、主要部分)、ドイツには遼東半島を、
イギリスには海岸線を、フランスには南部を、アメリカには
鉄道敷設権などを与え、自分たちは北京から西と西南の土地を
持ってそこからのあがりで贅沢な生活をすれば良いということに
なったのです。

つまり、中国だけが白人と戦わなかったのは、「白人は強いが
アジア人は俺たちの部下だ」という考えで、指導層が「自分たち
一族だけが贅沢な生活ができれば良い」ということだったから
です。これが中国人の考える「国の防衛」ということでした。

ちょっと付け足しますと、朝鮮は日清戦争で清の属国から離れたの
ですが、国は荒れ果て、王朝はないも同然でした。そこで清が
引いたあと、日本が出てくるのを恐れ、どうせ誰かに国土を渡す
ならロシアの方が強いから、ロシアの属国になろうということに
なり、朝鮮半島の南端、対馬のすぐ前にロシアの海軍基地を
作ることを了解したのです。

白人と戦わなかったという点では中国も朝鮮もほぼ同じです。
「強いものには抵抗せず、まあまあ頑張れそうなら頑張る」と
言っても良いし、「自分より強そうなら従い、弱そうなら
攻撃する」ということでもあったので、結果的に、世界最強の
陸軍と言われたロシアや、七つの海を支配したイギリス海軍
には従ったのです。

それに対して日本は薩英戦争で薩摩の大砲がイギリス東洋艦隊を
破り、日露戦争でロシアに勝つという当時の世界の見方では
真逆の結果を出したのですが、日本の方が無謀で中国や朝鮮の
方が普通のやり方だったとも言えます。

第二次世界大戦が終わって見ると、中国は白人側についていたの
で、そのまま独立が認められ、朝鮮は日本国だったので、
日本から離れましたが、その他のアジア諸国は第二次世界大戦が
終わったあとも、もう一度、激しい独立戦争を経験したのです。

この間、中国は中華民国と共産党の間で激しい内戦があり、
アジア諸国の独立の援助は一切、行いませんでした。
中華思想、アジアの盟主と言っても、中国の場合は「自国のため」
だけを考えて行動するという特徴があるようです。そして
「白人と戦ったことがない国、中国と朝鮮」が、「当時の常識では
考えられないこと・・・白人と戦ってアジアの力を示す」という
行動にでた日本を憎むのは当然のようにも感じられます。

もし、中国が日本を認めたら、それは「アジアの国が白人に抵抗
すべきだった」ということを是認することになり、それこそ中国の
歴史を否定することになるからです。中国が白人側についたことを
隠すためにも、「白人は侵略しても良いが、アジア人としての
日本が白人と戦うのは許せない」と言いたいでしょう。それが
歴史的事実とも違うことを主張し、さらには日本の中に
反日日本人を作り、共同で運動を進める理由と考えられます。

(平成26年9月23日) 武田邦彦

御嶽山噴火事件(4)
腐っているかどうか判らなかったから弁当を売った?

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「1000食のお弁当の注文を受け、作っているうちに少し臭い
匂いがしたけれど、腐っているかどうかまでは判らなかった。
お弁当を持っていかないとみんなはお腹が減るし、売上も
減ってしまう」と食中毒で47人の死亡者を出し、16名がまだ
生死の境をさまよっている時に、弁当会社の社長はそういった。

このようなことは現代の日本では「仕方がないこと」なのだろうか、
「犯罪」なのか? 確かにお弁当を作っている時にそのお弁当を
食べたら食中毒になるかどうかを見分けるのはむつかしい。
食材が運ばれてきてそれを詰めて持って行くまでに「分析」
などをしている時間はない。わずかな臭いがしたからといって、
普通は大丈夫だ。経験的にもそうだ。



by huttonde | 2014-10-02 04:15 | 現実話 | Comments(0)
現実話 242
10月10日、午後6時から名古屋の駅近くの
キャッスルプラザ(ホテル)で講演会をします。
名古屋の駅近くのキャッスルプラザ(ホテル)で
講演会をします。
演題は「日本列島の人生は危険なのか?」です。
入場料が2000円でちょっと気が引けますが、
お時間のある方はどうぞ。お申し込みは
名古屋ウェストライオンズクラブ(052-959-2880)
です。じっくりお話をします。

武田邦彦ガリレオ放談
第83回「科学でウソは成立しない」S
TAP事件を通じて科学を知る 5
http://bp.shogakukan.co.jp/takeda/
http://youtu.be/crLZBZTUb7c

NHK方式、朝日新聞方式、
それにこのブログの差はどこにあるか?

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私はこのブログで情報を発信しているが、NHKや朝日新聞の
情報内容とずいぶん違う。なんで比較的、簡単な情報でも、
こうも違うのか?と思い、なぜこのような差がでるのか、
考えてみた。
結論から先に書くと、私は次のように思う。

1)武田は情報が難しくても易しくても、
 できるだけ事実に近く伝えたいと思っている、
2)NHKは国民に易しく情報を伝えなければならないと
 思っている、
3)朝日新聞は国民が喜ぶ情報を伝えるのが良いと思っている。
 情報をできるだけ正しく伝えるのは結構、難しい。
 「減塩食」は「ヘルシー」とは関係がないとか、
 「森林はCO2を吸収しない」というような簡単なことでも、
 社会に誤解があることも一つだが、なかなか事実を説明
 するにはいろいろな角度から整理しなければならない。

その点、NHKの説明は、「国民に易しく伝えるには」という
ことで、混乱を避けるために「政府と同じことを言う」という
考え方だ。政府が「1000兆円の債務は子供たちの債務だ」
と言えば、それがたとえ債権であっても、債務と放送する。

厚労省が血圧が低い方が良いと言えば、良いという御用医師
を連れてきて解説をする。そうすると、国民の方は対立した
考えを聞かないから、楽だし、第一、政府も同じことを
言っているので、さらに考えなくてよい。つまり
「考えずに、どれも政府の言うとおりに動く国民」
の養成にもなる。これがNHK会長も言う
「政府が右と言ったら右」という情報の伝え方だ。

国民の多くも面倒なことを考えるより、政府の言うことを
そのまま信じればよいから簡単で、事実と違っていても
構わないという考え方で、受信料を取っている。戦争の前、
これが「大本営発表」だったが、それを今に踏襲している。

もう一つ、ほぼ同じ方針だが、NHKは「空気を伝える」
というのをモットーとしている。STAP事件では責任者は
若山氏でも、「日本の空気」が「小保方憎し」なら、
小保方さんを叩くというやり方だ。それに似た方法をとった
のが大麻報道やタバコ報道で、現実に痲薬であるとか肺がん
になる可能性があるとかより、「みんなが麻薬と思って
いれば麻薬」と伝え、「みんなが肺がんになりやすい」
と思っているから肺がんと伝えるという方法だ。

これで「脱法ハーブ」が生まれたが、それをNHKの放送の
責任にはしない。だから、空気報道というのはなかなか
放送局としては良い選択でもある。

それをさらに強力にやったのが、朝日新聞だ。朝日新聞は
事実を伝える気は一切なく、「国民が知りたいと思って
いること」を捏造しても伝える。NHKは「空気として
みんながそう思っているものを事実と違っていても放送する」
というのだが、朝日新聞は、「みんながそういう方向で
読みたいと思っている記事を創造する」という手法だ。

戦前はアメリカと対決していたから「野球は日本精神を
破壊する」と報道し、戦後、アメリカに占領されると
「野球こそ青少年の教育に最高だ」として甲子園をする。
日本が反戦的雰囲気になれば左翼を盛り立て、慰安婦事件、
南京虐殺を創造する。さらに、環境問題に興味がわけば
地球が破壊されているというウソを書く。

なんでもOKで、読者が「そうありたい」と思うことを捏造
して記事を作り、読者はいい気持ちになるから朝日新聞を買う。
理由は分からないが朝日は読みやすいという。それは
「こんなことがあるはずだ、あってほしい」と思う通りに
記事を捏造するのだから、読んだ方も気持ちが良いに違いない。
でも、戦争を煽った朝日新聞(戦前は主戦派だった)のために
戦争で310万人が死んだ。大本営型のNHK報道、迎合型の
朝日新聞による災厄は甚大だが、それは同時に
「考えたくない、自分の考えの通りの記事を読みたい」
という日本人の希望だった。

現在でも、少しでも意見が違うと、その人の意見を聞こうと
せずにバッシングに走るところを見ると、
「楽にしてくれ、気持ちよくしてくれ、死んでもよい」
というのが案外、日本文化なのかも知れない。

(平成26年9月13日) 武田邦彦

普通の歴史(追補) 侵略戦争とはなにか?(5) 
アジア人同士の戦争

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「戦争」ということで人類を見ると、現代人類(ホモサピエンス)
には、二種類の「人類」がいる様に思う。
一つが「戦争ばかりしている人類」と「必要最小限しか戦争を
しない人類」で、簡単に言うと戦争ばかりしている白人と
中国人、ほとんど戦争をしないアジア人に別れる。

これは「歴史的事実」であり、「思想」ではない。たとえば、
白人はギリシャ、ローマ時代から戦いばかりで、歴史を
学ぶことは戦いの歴史を学ぶこととほとんど同じだ。

ところが、中国を除いたアジア諸国はほとんど戦争をしない。
日本、フィリピン、インドシナ、インドネシア、タイ、ビルマ、
インド、ハワイなど歴史は古いがほぼ自分の国の中で
満足している。
日本は歴史が長いし、力も強かったので、もし日本人が白人の
ように戦闘性が高ければ、台湾は言うまでもなく、フィリピン
ぐらいまではすぐだから攻めただろう。

それは白人がアジアの諸国を植民地にしだした15世紀の近代
でも同じで、「アジア人同士の戦い」というのは、中国を
除けばほとんどない。フィリピン、インドネシア、インドシナ
なども相互に接近しているが、一つの国に統一されたことは
ない。

日本が一時、東南アジア諸国に軍隊を送った大東亜戦争の時にも
、日本が戦った相手はアメリカ人、イギリス人、フランス人、
オランダ人と白人に内通した中国人であって、例外を除いて
先の戦争でも日本はアジア人とは戦っていない。

その中で、中国だけが国内ばかりではなく、周辺国に常に戦争を
仕掛けてきた。中国人同士の戦いも他のアジア人とは全く違い、
漢の時代には人口が10分の1に減るほどの戦いなどがあったし、
その後も激しい戦いの連続だった。日本でも鎌倉時代、室町時代
などの時代区分があり、その度に「戦闘」はあったが、それは
武士同士の内輪もめのようなもので、負けた方の住民が奴隷や
皆殺しにあうというような戦いではなく、まして外国まで
攻めるのは極めて稀だった。

「欲しければ相手の土地でもなんでも取りに行き、そこにいる人
を皆殺しにしても良い」と考えるアーリア系白人と中国人の
考え方と、「自分たちは自分たちの国の中でやっていく」
というアジア系の考え方の二つがあることは歴史的に明らかだ。
ただ、少数の例外があることはあるが、その比率ははっきり
している。

日本人(和人)よりさらに優れた民族がアイヌで、彼らはクマを
殺す強力な武器を持っていても、人間を殺す刀は発見されて
いない。つまり人殺しの兵器がもともたない。
発明できなかったのではなく、和人から3回、攻め込まれ
和人の武器を獲得したが、戦争が終わるとすぐ捨てて
使うことはなかった。

戦争を好まない民族(防衛だけはする)も多いが、アーリア系
の白人は他人の領土とか他人の命というものを考えないことと、
さらには「奴隷」を多く使った。思想的な面もあり、白人と
中国人は「支配階級になって働かないのが人生の目標」と
思っているが、アジア人は「働くことが生きがい」だから
奴隷や召使はかえって面倒で、自分でやったほうが早い
という感覚がある。

これは技術の世界でも同じで、アメリカやヨーロッパは
「技術職」というのは現場ではほとんど仕事をしない。
「技能職」が現場で技術職の指示を受けて仕事をする。
日本人の感覚としては、「他人の物は他人のもの、他人も
自分と同じ人間、自分のことは自分でやる」という考えの方が
「適当であり、優れている」と感じる。白人のように
「他人の物でも欲しければ取る、他人は奴隷にできる、
自分は遊んで他人に働かせる」という考えより良いことに
感じる。

だから、日本人やアジア人は、アーリア系白人や中国人に、
「あなた方のやったこと、考え方が人類を戦争に追い立て、
苦しみをもたらしたのだ。ここらへんで深く反省しなさい」と
はっきり言ったほうがよい。

白人は戦争を繰り返してきた。だから暴力が強い。人間の中に
獣の時代の記憶があるから、「暴力の強いものを尊敬する」
という本能があるが、それもそろそろ止める時期ではないか。
日米戦争でも、「日本は戦争に負けたから悪いことをした」
という理屈はいただけない。

今後もよほどのことがない限り、アーリア系白人か中国人しか
戦争を仕掛けてくる人たちはいないだろう。それにどのように
日本が備えるかをアーリア系白人や中国人に教えてもらうこと
なく、日本人が考える必要がある。

(中東やアフリカでの紛争は、国境が「直線」であることで、
これはヨーロッパ人が植民地にしたときに引いた国境が本来の
国の境界(民族や地形で決まる)と違うから起こっている。)

(平成26年9月4日) 武田邦彦

9月26日放送のご案内

9月26日の放送のご案内です。
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(平成26年9月22日)  武田邦彦

「異常気象」から身を守るために(2)「異常」と「非日常」

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先回、異常気象というのは一体何を意味しているのかについて、
少しブログに載せましたが、なかなか奥が深いので、この際、
異常気象から身を守るということで少し考えてみたいと思います。

子供を波打際で遊ばせておくと、ときどき、巨大な波がきて
子供がさらわれることがあります。こんなことを防ぐためには
親は「1000回に一回は平均的な並みの2倍の波が来る」
ということを知っておく必要があります。こんなことを子供に
いっても子供は覚えていないので、「大きな波が来るから
あまり海の方に言っちゃダメよ」と言っておいて、さらに
ときどき、子供が少しずつ海の方に行っていないかを
見なければならないということです。

この時の「1000回に一回の大波」というのは、決して
「異常」ではありません。でも、ここに日本語の語彙の
問題があります。
つまり、「異常」というのは「常ならず」ですから、
「普段と違う」という時に「異常」という単語を使うことも
あります。でも、普通の日本語の場合は、「異常」は、
「常ならず」に加えて「ちょっと普通には起こらない」
という意味が含まれています。

「あの人は異常だ」という時には、「1000人のうち最も
成績が良い人」という意味ではなく、「普通ではない」という
意味を含みます。だから「異常気象」というのは
「今までになかった」とか「最近、おかしい」という感じに
聞こえます。

正式には、世界気象機構は「平均気温や降水量が平年より著しく
偏り、その偏差が25年以上に1回しか起こらない程度の大きさの
現象」という定義をしていて、どちらかというと「非日常」
という意味で使っています。”unusual climate”ということで、
1000回に一回の波も「異常な波」に入ることになります。

ところが、日本の気象庁は、「過去に経験した現象から大きく
外れた現象で、人が一生の間にまれにしか経験しない(過去
数十年に1回程度の頻度で発生した)現象」という超いい加減な
定義をしていて、少しは科学的な訓練を受けた人が居るのか?
と訝るほどです。

「過去に経験した」、「人が一生の間にまれ」とか
「数十年に1回」など定義になっていません。
「過去に経験したことがない」といっても、その過去とは
2000年前からか、100年か、5歳の子供かで全く違いますし、
「人が一生の間にまれに」といっても、歳が80歳で転勤を
重ねた人と、同じ場所で一生を終わった60歳の人ではかなり
違います。また「数十年」といっても、20年と50年では
大雨の程度も違います。

気象庁がこのような曖昧な定義をしているのは、自分たちが
異常であるかを判定したいという日本の役人の典型例と
思います。
ある気象を異常としようと思えば、すぐできるからです。
それでも、NHKや朝日新聞の「異常」より少しはましな
気がします。

NHKの異常  =気象庁が異常と言えば異常と伝える
朝日新聞の異常=国民が異常と思いたければ異常と記事を書く

ということなので、最近では「厳しい気候」や「悪い気候」を
「異常な気候」と言っています。でも私たちは自分の身や家族
を守らなければならないので、「非日常」と「異常」を区別
することがまずは大切と思います。

最近はそんなことをする人はいないと思いますが、
「大雨は温暖化が原因だ」と言って、個人生活を犠牲にして
電気を消したり、CO2を出さないようにしても、温暖化の結果
として大雨が降っているのではなく、次回に詳しく書きますが、
非日常(確率的に起こることが、自分にとっては2000年に
一度ということになる)の現象ですから、
見当はずれになります。

これまでも気温(温暖化など)とは関係がないのに、もうすでに
17年も温暖化対策をして、随分、経済にも生活にも影響を
及ぼしています。
その典型的なものが熱中症で、熱中症が日本で増えてきたのは、
ちょうど京都議定書を締結するころですが、それからの地球の
気温は「低下気味」なのに、熱中症は「増加の一途」なのです。
つまり熱中症ですら、温暖化と関係がないのですから、私たちは
NHKに洗脳されないようによくよく考えなければならないのです。

(平成26年9月21日) 武田邦彦

普通の歴史(隣国編)―1 中国・朝鮮と友好関係を築けるか?

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歴史問題といっても、アメリカやイギリスなどの欧米諸国や、
フィリピン、ベトナム、タイ、インドなどの東南アジアなどの
国々とのいざこざがあるわけではありません。ロシアとの
領土問題もありますが、それも歴史とは切り離されています。

歴史が問題になるのは、中国と朝鮮(今は分裂しているので
主として韓国)です。その歴史も二つあり、一つは「過去に
日本がひどいことをした」というのと、
「現在、首相が靖国神社に参拝する」という問題です。
若干、相互に関係がありますが、基本的には「過去の問題を
謝罪するか、もう一度、戦争の賠償をするか」と、
「現在、靖国神社に参拝しなければ過去のことは問題に
しないのか」ということですから、別々とも言えます。

また、中国も朝鮮も隣国ですから、友好関係を保つことが
もっとも望ましいので、まずは「憎まず、相手の立場に立って」
考えてみたいとおもます。憎んだり、相手の悪口を言って
気分をよくすることはできますが、それは「それなら、
何もしない方が良い」と思うからです。

・・・
さて、中国・挑戦と有効関係を築くためにはどうしたらよいかを
整理する前に、「歴史認識」をしておきたいと思います。
もっとも大切なのは、「アジアの諸国で白人と戦ったことが
無い国」はこの二カ国しかないということです。

日本から地図に沿ってグルッと書きますと、日本はロシアと
アメリカ、ドイツ、イギリス、フランス、オランダと戦い、
フィリピンはスペインとアメリカ、インドシナ三国(ベトナム、
ラオス、カンボジア)はフランス、アメリカと、インドネシアは
オランダ、アメリカ、ポルトガルと、マレーシアはイギリス、
ミャンマーはイギリス、インドもイギリス、バングラディッシュ、
パキスタンや旧セイロンもイギリスです。

さらに少し地域を広げると、ハワイはアメリカ、アメリカ大陸の
インディアンとマヤ、アステカはスペインと現在のアメリカ人と
戦って滅びました。その中で中国と朝鮮だけは白人とは戦って
いません。でも朝鮮は日本国に併合されていたので、その時に
日本と一緒に白人と戦っています。現在の韓国は「日本と一緒に
白人と戦ったのは間違いだった」と言っていますので、朝鮮も
「白人とは戦いたくなかった」としたほうがよいような
気もします。

アジア人がなぜ白人と戦ったかというと、白人は獰猛で自分の
国から遥か離れた(大体、地球の裏側まで)ところに来て、
武力が弱いからという理由だけで奴隷的植民地(読者の方の
言葉)にしたからです。祖国を奴隷的植民地にされたのですから、
いつかは独立のために白人と戦わなければなりませんでした。

だから、白人と闘う辛さを知っていますから、日本をそれほど
非難せず、タイやインド、インドネシアのようにはっきりと
日本を支持してくれるところもあります。タイの首相は
「日本が第二次世界大戦で白人と戦ってくれたから私たちは
奴隷的植民地から離脱できた」と言っていますし、極東軍事裁判
(東京リンチ)ではインドの判事だけが「日本人を裁くのは
不当」として判決に加わりませんでした。
反日日本人が東京リンチを支持していることとは対照的です。
インドネシアは日本が負けたあとも日本の軍隊を軍事顧問として
白人と戦い、激しい独立戦争の後に、独立を勝ち取っています。

インドはガンジーの「無抵抗運動」で頑張り、これも甚大な犠牲
を払ってイギリスから独立しています。多くの国が奴隷的植民地
で呻吟し、そのなかで若者を失い、女性は乱暴され(チモール
では自由に女性に乱暴して良いというお達しまでありました)、
富は搾取されたのです。

ところが中国だけは白人とは一切戦わず(一回だけイギリスと
小さな小競り合いをしましたが、それ以後はまったく抵抗せず)、
満州をロシアに、遼東半島をドイツに、中部海岸領地をイギリス
に、南部をフランスに「割譲」または「自由に使って結構」
ということで切り売りをしたのです。

そして中国は、日本、満州、内モンゴル、新疆ウィグル、
チベット、ベトナムと戦いました。つまり中国は常に
「白人側にたってアジア人と闘う」というきわめて珍しい国
だということをまず頭に入れておく必要があります。

これは本当に特殊なことで、アジア人というのは穏やかな民族で、
歴史的にほとんどアジア人同士で戦ったことはありません。
戦前の日本も戦ったのは、白人と白人側についた中国だけで、
アジア人とは戦っていません。もちろん戦争ですから、激しい
戦闘の中で白人の中にアジア人が混じっていれば戦いましたが、
あくまでもアジアを攻撃することはありませんでした。

このことは、中国を避難し、日本を擁護しようなどとケチな
ことを考えているのではなく、私が歴史を知る限り、事実が
そうだったということです。事実をまずは認識しないと
相手の気持ちがわからないからです。

次回はこの歴史的事実、歴史認識に基づいて、まずは
「中国はなぜ白人と戦わなかったのか?」、
「中国はなぜ「反日」なのか?」を整理してみたいと思います。

(平成26年9月22日) 武田邦彦

「異常気象」から身を守るために(3)
土砂崩れや床上浸水に遭わないために

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まず、最近50年ほどの日本の豪雨を中心に整理をしてみました。
一つ一つの調査は十分ではありませんが、全体を見渡すことが
できます。この表を見ると、一日(24時間)に1000ミリを
超えるような豪雨は15年に一度ぐらい、一時間に150ミリを
超えるのもそのぐらいです。次に、一日に500ミリ、
一時間に80ミリぐらいの大雨は毎年という感じです。
c0072801_11594913.jpg
そして雨の降る地域は、九州、中国地方の山口、島根、広島、
それに高知、和歌山、愛知、静岡など太平洋に面したところ、
さらには福井、新潟などです。高気圧が東にあったり、低気圧
が西にある時で東シナ海や太平洋から湿った風が吹く場所です。
つまり、「九州、中国地方の広島まで」の地域は東シナ海からの
風で、それも岡山までは達しにくいということがわかります。

太平洋の場合は、高知、和歌山、愛知、静岡など直接、太平洋
に面している場所は大雨が降りますが、ちょっと内陸になると
かなり少なくなります。たとえば兵庫県の加古川などは西から
も南からも少し海に遠いので、希にしか災害は起こりません。



by huttonde | 2014-09-24 03:00 | 現実話 | Comments(0)
現実話 241
「まぐまぐ」で原発事故関係の解説をやや詳しく開始しました。
再開問題や汚染問題の参考にしてください。

武田邦彦ガリレオ放談
第82回「科学とコピペ」STAP事件を通じて科学を知る 4
http://bp.shogakukan.co.jp/takeda/
http://youtu.be/crLZBZTUb7c

普通の歴史(追補) 侵略戦争とはなにか?(4)
白人と戦ったことがない国

futuu201409041057.mp3
「日本が侵略戦争をしたのではないか」という日本人の錯覚は、
日本人の中の反日日本人や朝日新聞、NHKなどにもよるが、
アジアの国で白人と戦ったことがない国が隣国にあるという
日本列島の特殊な位置づけにある。

インドとビルマ(ミャンマー)、マレーシアはイギリスと、ベトナム、
ラオス、カンボジアはフランスと、インドネシアはオランダと、
フィリピンはスペインと、ハワイや太平洋の島々はアメリカと戦った。
アジアの全ての国が白人と戦い、植民地から独立している。
日本は日露戦争に勝ったので、植民地にならなかったが、
白人と戦った。

これに対して、中国、朝鮮、タイ(シャム)は白人と戦わなかった。
それでもシャムは白人に屈したのではない。イギリスとフランスとの
外交力で独立を保った。朝鮮はロシアが来たとき、たまたま国が
あってなかったような状態だったので、ロシアに抵抗せずに
国の中をロシアの軍隊が通過するのを認めようとした。

ところが日露戦争で日本に併合されたので大日本帝国として
日本と一緒に白人と戦う名誉を得ることになった。
でも中国だけはアジアの中で白人とは戦わなかった。

中国はまずイギリスが来ると香港と揚子江沿岸を譲り、フランスが
来ると南部を譲り、ドイツが来ると遼東半島を譲り、そしてロシアが
来ると満州を譲った。中国はアジアの盟主と言われていたが、
アジアの国を白人からの侵略に対して守ろうとしないばかりか、
自分の国ですら守らなかった。1840年代に小さな戦争
(アヘン戦争:イギリスと)をして1万人以下の犠牲を出して
負けてから、白人に対する一切の抵抗の気迫を失った。

その後、満州ではロシアと内通、上海事変ではドイツ、チェコ、
ロシアと内通、そして太平洋戦争ではアメリカと内通して日本と
敵対し、戦後は、南はベトナム、タイにたびたび進出を繰り返し、
チベット、新疆ウィグル、内モンゴル、満州を武力で併合し、
台湾を自国の領土のように言ってきた。

中国がなぜ「アジアの盟主」の責任を果たさずに白人に内通を
続けた理由はむつかしい。しかし、理由はともかく事実は
はっきりしている。

1)ロシアが南下すると満州をロシアにわたし、日本がロシアと
戦って旅順や満州鉄道など「中国(清)がロシアに割譲したところや
施設」を戦った日本が支配すると、ロシアとは戦わずに満州を
譲った中国が、日本となると攻撃してきた。これが後の満州事変へ
と発展するが、ロシアも日本も隣国だが、中国はアジア人と戦う。

2) 1930年代、上海には白人のイギリス、フランス、ロシア、
アメリカとアジアの日本が「租界地」をおいていたが、中国はドイツ
(軍事顧問)とチェコ(機関銃)、ロシア(戦闘機)の支援を受け、
アメリカの支援の元に、突如として日本軍の駐屯部隊を攻撃し、
全滅させようとした。これが、上海事変、南京事変となる。
中国は白人はそのまま上海にいても良いが、
日本はダメという戦略をとった。

3) インドシナ(ベトナム)がフランスに占領されている時には
フランスと戦わず、ベトナムが独立したら1979年にベトナムに
80万人の陸軍で攻め入った。ベトナムの兵力の方が少なかったが、
フランスやアメリカと戦ったベトナム軍の方がはるかに強く、
中国陸軍は1ヶ月で膨大な損失を出して撤退した。

4)歴史的には中国(支那、China)ではない、チベット、
新疆ウィグル、内モンゴル、満州に侵入して現在も支配している。

さまざまな「非常識」なことが起こり、それが日本人の錯覚
(日本の知識人の錯覚)をもたらしているが、その一つに、
満州は「清」の時代に、「支那が満州を占領した」のではなく、
「満州が支那を占領した」のに、いつの間にか関係を逆転させ、
支那が中心、満州は属国のようになっていた。そして、白人の
ロシアが来た時には戦わずして旅順まで割譲し、日本がロシアに
勝つと中国は日本に敵対して小競り合いが起こった。

中国以外のアジアの国(朝鮮は日本だった)はすべて白人と戦ったの
で、日本と気持ちを同じくするところがあるが、中国と独立している
状態の朝鮮だけは白人と戦ったことがないので、どうしても白人と
戦う辛さを知らない。中国に「遠交近攻」という言葉があるが、
平和を守るという点では、非常に悪い言葉で、こんなことを金科玉条
にしていたら近隣といつも喧嘩することになる。
それは現在の中国政策でも同じである。

ロシアが東に来て戦争になり、アメリカが西に来て戦争になった。
次の戦争は中国が近隣を攻めることで起こる。その時に、日本人は、
1)占領される、2)国土を守る、のどちらを取るだろうか。
国土を守るなら、軍隊がいてもいなくても、
平和憲法があってもなくても同じである。

(平成26年8月24日) 武田邦彦

STAPの悲劇を作った人たち(5)
主犯 NHKー1 佐村河内氏に続くマッチポンプ

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NHKがSTAPの悲劇に主要な役割を果たしたことは明確である。
それは主として次の5つに集約される。

1)STAP論文の記者会見を大げさに報道して有名にしておいて、
後で叩くという「マッチポンプ報道」をしたこと。

2)STAP論文にネットで疑義が出されると、「意見が異なる両者」の
意見を比較して報道するのではなく、放送法4条に違反して
「疑義を言う人だけの言い分を報道する」という放送法違反の
報道をしたこと。

3)STAP論文の主要な著者は4人なのに、小保方さんだけに
焦点を当てて批判を展開したこと。完全にNHKの判断で
「良い人、悪い人」を分け、著者の中でも恣意的に区別を行ったこと。

4)理研の調査委員会が結論をだし、論文が取り下げられたのに、
特定の個人(笹井さん、小保方さん)の的を絞った批判の報道を
続けたこと。

5)取材に当たって小保方さんに2週間の怪我をさせ、女子トイレに
閉じ込めたこと。個人の私信であるメールを公開したこと。

佐村河内氏の報道問題でNHKは謝罪したばかりだが、それと
全く同じ「マッチポンプ型報道」を行った。1月末の記者会見では
「リケジョ」を前面に出し、科学的業績より、若い女性であることに
焦点を当てて報道した。

NHKが報道するにあたっては、記者や関係者が責任を持って
報道するものが適正であるかをチェックする。特に社会的影響の
大きいNHKの場合、十分な人材でチェックを行う。佐村河内氏の
時は「個人」だったが、すでにNHKと佐村河内氏との付き合いは
10年を超えているのに、「耳が不自由である」という報道をした。
NHKが知っていて「架空の英雄」をでっち上げたと判断されるだろう。

今回もNHKの報道の数日後には激しいネットの批判が続いた。
だから、「理研が発表したから信じた」という釈明はできない。つまり
報道というのは公式発表をそのまま伝えるのではなく、それが
「事実である」とNHKが判断して報道するものである。
社会にウソやサギが横行していることは周知の事実であり、
ネットではなくNHKの報道が高い信頼性を持っていたのは
「NHKのフィルター」の信頼性が高いことにほかならない。

私たちはNHKフィルターの信頼性で受信料を払っているのであり、
誤報が続くなら、NHKでなくてもタダのネットでいくらでも情報を得る
ことができる。だからNHKの誤報というのは他の放送局やネットに
比べて格段に厳しい事を知ってもらわなければならない。私たちは
NHKの社員を「雇用するため」に受信料を払っているのではない。
少なくとも重大な誤報があったら、受信料の支払いを求めて訪問
する人を「お詫び」に回らせるぐらいの覚悟がいる。

・・・
マッチポンプ型の誤報には、「不作為の誤報」と「作為的誤報」がある。
作為的誤報は、最初から視聴者をダマすつもりか、あるいは大げさな
報道の場合に起こる。その特徴は、「報道すべきこと以外のことに
重点を置く」という特徴がある。

佐村河内氏の誤報の場合、もともと彼の作曲が良いのだから、
「曲の評価」を中心にして報道していれば、あんなに大騒ぎになる
ことはなかった。ところが、佐村河内氏が耳が不自由であるとか、
広島(HIROSHIMA)と名づけた曲がなんとなく原爆との関係を
思わせ、さらにそれを増幅させたのが、彼を東北の被災地まで
連れて行って子供と対話する番組を作ったことだ。

耳が不自由なことで「現代のベートーベン」(ベートーベンは晩年、
聴力を失っている)というコピーを宣伝し、広島、東北という悲劇の
地との関係を強調することによって、曲の評価より人物像に報道の
焦点を合わせた。このような手法は「下品」であり、「正統派」では
ないことは明らかである。三流週刊誌が、本人の活動などより
恋人、離婚などのゴシップを報道することからもNHKが取るべき
手法ではない。

この手法はSTAP事件でも取られ、NHKは記者会見当日の夕方の
国民的ニュースで「リケジョ」という女性蔑視の用語を多用したほか、
研究室のピンクの壁、小保方さんの割烹着などに焦点を当てた。
このことによって、論文自体の評価は後退した。

(NHKの報道)

仮に、NHKが論文と科学的業績に焦点を当てた場合、理研、京大、
分子生物学会など関係する学者への放送の前のチェック取材を
多くするので、その時点で「批判的論評」の取材があるはずだから
である。

記者会見の後、数日であれほどの反撃があり、さらにすぐネットの
批判に続いて、ほぼ日本全体の学者が「STAP悪し」と評価した
ところを見ると、記者会見の後、少しでも「国民に正しいことを
報道しなければならない」という意識がNHKにあったら、
批判的な学者に遭遇した可能性は高い。

もし、後の厳しい批判をした学者が「社会がSTAPを批判するまでは
高く評価する」というのでは、学者ではないし、後にそのような
コウモリのような人に取材するべきでもない。つまり、

1)記者会見の後、真偽や評価をチェックしたのか?

2)その時に批判的な学者はいなかったのか?

ということで、チェックをして批判的な学者がいないのに、その後、
あれほど全員一致で批判する(少なくともNHKの報道では、
小保方さん、笹井さん以外は100%批判的だったということだった)
事態にはならないだろう。取材したNHKか、コメントした学者の
どちらかがウソをついていることになる。

それとも、後に批判した大多数の学者はNHKのチェックの時には
取材されなかったとすると、NHKはSTAP論文を肯定的に報道
するときに取材した人と、批判的に報道するときに取材した人を変え、
それでもあえてそれが主な意見のように誤報を続けたことになる。

つまり、マッチポンプ報道というのは、NHKが作為的に報道しないと
できないものであり、佐村河内氏の時も、STAPの時も実に
いかがわしい取材に基づいた記事を書いたことが分かる。

(平成26年9 月6 日) 武田邦彦

人は死後、何年ぐらいで評価されるとよいのか?

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このブログで一度、父が私に教えてくれたことを書いた。
「クニ、生きている間に評価される人間になるな。認められるのは
死後で良い」と言われた。その時には「そうかな」と思っただけ
だったが、今になるとよくわかる。

社会は現状を正しいとする。紫式部が生きていた平安時代は、
貴族、平民、貧民がいて、身分制度が普通だった。そんな時、
「人はみな、平等」などと言ったら袋だたきに遭うだろう。
ソクラテスは街頭で議論をした罪で死刑になった。ガリレオは
地球が回っていると主張して牢獄に入れられた。それより何より
2000年にわたって世界の人の心に響く言葉を言った
イエス・キリストは3年の活動で十字架にかけられる。

人間社会とはそういうものである。でも、自分がこの世に生を受け、
自分が正しいと思ったことをして、飢えず、凍えず、死刑にならなけれ
ば、それで幸運だ。評判が良くなって少しの小銭をもらっても人生は
変わらない。お金があったり名誉を得たりするとそれだけでも面倒だ。

でも、自分に家族がいて、子供がいると、自分は良いけれど、
せめて家族には「立派なお父さんだった」と世間から評価されて
欲しいと思う。そうすると、死後、早めがよいからせいぜい、
30年ぐらいの間に評価されたいとも思う。そうすると、孫が
「僕のお父さんはこんなに立派だったんだ」と威張れるだろう。

あるとき、私の文章が高等学校の国語の教科書に収録された。
それ自体はとても名誉なことだったが、さして嬉しくはなかった。
ところが、遠くに離れている甥が「おじちゃん、教科書に載って
いたよ!」と言ってくれたことが無性に嬉しかった。

サルは餌を獲得すると一目散に群れから離れ、背を向けて食べる。
でも、人は別の人と一緒に食卓を囲み、美味しいと言って食べると
健康になる。人間がこれほど繁栄しているのは、「自分だけが
食べようとしていた食料を、人と共に食べる」ことができるからだろう。
シェアーする、デディケーション(献身)する、それがおそらく人間の
無上の幸福にそういない。

さすれば、人の幸福は結果で決まるものではなく、経過ですでに
すべてが決まっているのだろう。オヤジの教えに逆らうわけでは
ないが、私の人生は生前に評価されるか、死後認められるかでも
なく、それをした時にすでに完結しているように思う。

(平成26年9月1日) 武田邦彦

STAPの悲劇を作った人たち(6) 主犯 NHK-2 好き・嫌い報道

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前回、示したように主犯NHKの犯した反社会的な行為は、
次の5つある。

1)STAP論文の記者会見を大げさに報道して有名にしておいて、
 後で叩くという「マッチポンプ報道」をしたこと。

2) STAP論文の主要な著者は4人なのに、小保方さんだけに
 焦点を当てて批判を展開したこと。NHKの判断で
 「良い人、悪い人」を分け、恣意的に的を絞ったこと。

3) STAP論文にネットで疑義が出されると、「意見が異なる両者」
 の意見を比較して報道するのではなく、放送法4条に違反して
 「疑義を言う人だけの言い分を報道する」という放送法違反の
 報道をしたこと。

4)理研の調査委員会が結論をだし、論文が取り下げられたのに、
 特定の個人(笹井さん、小保方さん)の批判を続けたこと。

5)取材に当たって小保方さんに2週間の怪我をさせ、女子トイレ
 に閉じ込めたこと。個人の私信であるメールを公開したこと。

このうち、1)については先回に整理し、
マッチポンプが誤報を生んだことを証明した。

今回は、2 著者は4人である。研究の主任的立場にいた若山氏、
指導的立場で論文の執筆に当たった笹井氏、組織として研究を
支援し、論文を指導し、記者会見を主導した丹羽氏、それに
若山研究室で無休研究員として働き、実験を担当していた
小保方さんだ。

大学でもこのようなケースは多く、教授が立案し、准教授が日常的
な指導をし、博士課程の学生が発表することがある。その場合、
教授なども発表会場にいて、実験した学生に発表させるが、質問
などがこじれた場合、責任者として学術的に回答するのは教授か
准教授であり、まさか30歳前後の若い人に全責任を負わせ、
その発表に名前を連ねている教授や准教授が「私は知らなかった」
などということを聞いたことはない。

普通は、厳しい質問が来て、若い人が答えにくい場合、教授は率先
して手を挙げ、「共同研究者ですが・・・」とどんな場合でも発表に
対して責任を持つ。そんなことはあまりに当然で、発表した後、
だれかしつこい人が若い人に廊下などで回答を迫り、怪我をさせ、
おまけにトイレまで追いかけて閉じ込めるようなことが怒ったら、
教授は身を持って、それを防ぐだろう。

ところがSTAP事件ではマスコミはこぞって小保方さんを批判し、
NHKの記者も小保方さんの記者会見で悪意に満ちた質問をした。
仮にNHK以外のマスコミが興味本位に走って小保方さんを批判
することがあると思うが、そのためにこそ、私たちは受信料を払って、
NHKが「正しい報道」をし、それを見て判断をしようとしている。

NHKは、他のマスコミが小保方さんの個人批判を続ける中、彼女の
卒業論文や個人的なことは別のことであること、責任を持つべき
著者は「正規の理研研究員」(毎日新聞によると問題の核心は
小保方さんの無給研究員時代に若山氏が出した論文だという)
であり、それはまず第一に若山氏である。

ある事件が起こったとき、あるいはNHKが誤報をしたとき、NHKが
恣意的に「犯人」を決めて、その犯人のことを集中的に報道する
ことはもちろん望ましくない。後に理研が小保方さんだけを「犯人」
にして、論文の不正の責任を彼女だけに被せた。たとえば、
小保方さんの実験ノートが不十分であるとの報道があったが、
若山氏の実験ノートや研究記録もある。なければ共同著者に
なること自体がサギになる。

研究は実験が主ではない。実験だけならロボットでも自動測定器
でも、自動培養器でもできる。研究において「人間らしい」活動とい
うのは、実験データの解析、解釈、評価、結論などであり、それは
役割から言えば、若山氏の役割である。だから、小保方さんに
充実した実験ノートを求めるなら、若山氏に立派な解析結果、
評価結果を求めるべきだ。

事実、若山氏は3月に外国のインタビューに応じて、「自ら実験し
STAP細胞を確認している。自分の学生も確認した」と述べている。
その時の実験ノートこそ、問題にすべきものである。

芥川竜之介が書いているように、「リンチが娯楽になり、ピストルと
報道は同じ」ということを防ぐためには、NHKのような独占的報道
機関が「どうせ、庶民がもがいても、おれは権力があるから、
何とでもできる」という気持ちを持ち、報道で人を殺すことに対して、
その「快感」以上のブレーキを持つことだ。それは記者ひとりひとり
の良心や人格でもあるし、NHKという報道システムが持つべき
社会的責任でもある。

STAPの悲劇が現実のものとなった今、NHKの報道責任者は
STAP関係者をリンチすることに無常の快感を味わったとして良い
だろう。でも、この推論にはぜひ、強く反論してもらいたい。なぜ、
4人の著者のうち、指導者を無視したのか、なぜ小保方さんの
実験ノートだけを問題にしたのかなど詳細にわたって、
その理由を明らかにするべきである。

人からお金をもらうというのはそんなに簡単なことではない。
NHKの認可、予算承認は国会がやっているように見えるが、
それは受信料を払っている国民が単に委託しているに過ぎない
からである。人の命を取るような報道がされた場合、
NHKは国会での説明では不足する。

(平成26年9月8日) 武田邦彦

企業の「実況放送」の提案

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2014年9月3日、新日鉄住金名古屋製鉄所で爆発事故が起こり、
15人の従業員などが負傷した。重傷者は4名。この事故が発生
したのは午後0時30分だったが、もくもくと黒い煙を上げて燃える
製鉄所からはほとんどなんの情報も発せず、地元は不安の
数時間を過ごした。

そして午後5時になって製鉄所の記者会見があったが、
「すみません」、「原因は不明です」、
「爆発ではなく異常燃焼事故です」という守備的な言い訳だけで、
「地元民は退避しなければならないのか」、「ガスは有毒なのか
(原理的には一酸化炭素が入っているので猛毒)」、
「今後、大爆発に至らないのか」など地元の人がどういう行動を
取るかの参考になることは一切、話がでなかった。

事故の原因とか再発防止ということが大切であることも確かだし、
人間はどうしても「原因」を知りたいという欲求があることも
わかる。でも、事故が起こったときにもっとも大切なことは
近くの人が避難しなければならないのか、そのままいても
良いのか、大事故がまた起こるのかということだ。

福島原発事故でも、地震から3時間を経たところで、
「冷却系の回復が難しい」ということがわかり、1日以内に
爆発が起こる可能性が高くなった。また1号機の爆発のあと、
続いて他の原発が爆発する可能性が高かった。それでも
東電は本社で検討を続けるだけだった。

今日(2014年9月4日)、中部電力は浜岡原発の事故の訓練を
していたが、住民への通報などのことは報道されていなかった。
人の健康、人命を尊重することが工業を業とするもののもっとも
大切なことであり、そのために事故の時には地元住民に被害が
起こらないようにすることが最優先である。



by huttonde | 2014-09-06 01:15 | 現実話 | Comments(0)
現実話 240
2014年08月31日
【吉田調書】菅元首相を「おっさん」、混乱の張本人と指弾

「吉田調書」の中で、吉田氏は、菅氏が事故調の調査などに
対し、「(首相)官邸の反発を受けて、東電側が全面撤退の
主張を撤回した」との認識を示していたことについても批判。

「あのおっさんがそんなのを発言する権利があるのか。
あのおっさんだって事故調の調査対象でしょう。自分だけの
考えをテレビで言うのはアンフェアも限りない」と述べ、
菅氏のことを「おっさん」と呼ぶほどの憤りを示していた。

下記リンクより一部抜粋。
 http://www.yomiuri.co.jp/national/20140830-OYT1T50010.html?from=ytop_main3
 http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1409403296/
c0072801_065698.jpg


63 名無しさん@0新周年@\(^o^)/
:2014/08/30(土) 22:07:37.06 ID:ZK5sEbm90.net
なにもできないんだったらせめて邪魔をするなよって
感じだったんだろうね、激烈忙しい現場からしたら

4 名無しさん@0新周年@\(^o^)/
:2014/08/30(土) 21:56:10.57 ID:fUgbTlV80.net
菅は人の話を聞けないという致命的な欠陥がある。
あんな人間が首相にまでのぼりつめられるということに
恐怖を感じる。

377 名無しさん@0新周年@\(^o^)/
:2014/08/30(土) 23:05:49.54 ID:cG6gRWcY0.net
>>4
議会制民主主義とか議院内閣制とか偉そうに言ってみても
所詮そんなものよ
出来のいい個人に任せて統治してもらうのが
結局一番幸せだという身もふたもない話

7 名無しさん@0新周年@\(^o^)/
:2014/08/30(土) 21:57:22.04 ID:t6jq5H3k0.net
こりゃあ、全力で極左テロリスト集団民主党政権が
吉田調書を非公開にしたがるわけだw
自民党政権になってからも非公開にしていたが、
それはこのネタで公開するぞ、
と野党になった民主党に圧力をかけて
脅しながら国会運営に利用しようとしたからなんだなw
で、民主党にはもう完全に自民に対抗する力が無くなったのが
ハッキリして脅す価値さえ全くな無くなったから、
完全に潰しに吉田調書を公開してんだなw

15 名無しさん@0新周年@\(^o^)/
:2014/08/30(土) 21:59:23.64 ID:zGvNTH2d0.net
>>7
確実にトドメを刺せるカードが多すぎて、
どれから使っていいのか目移りしてるんだよ。
つぎの衆参同日選挙で確実に壊滅させるために。

117 名無しさん@0新周年@\(^o^)/
:2014/08/30(土) 22:14:31.49 ID:dMaSnOxR0.net
>>7
それ、すごくありそうな気がする。

9 名無しさん@0新周年@\(^o^)/
:2014/08/30(土) 21:58:13.59 ID:Tdw5sYwE0.net
菅も菅だが、元々今回のような津波をこないものとして、
危機管理を怠った結果だろ
どっちもどっちだつーの

88 名無しさん@0新周年@\(^o^)/
:2014/08/30(土) 22:11:15.15 ID:zRfVE0rF0.net
>>9
蓮舫が100年に1度レベルの大津波の為に、
東北のスーパー堤防構想の予算を仕分てたわけだが。
それでこれ。
都民は蓮舫といい、舛添といい民度が低い。

613 名無しさん@0新周年@\(^o^)/
:2014/08/31(日) 00:12:04.34 ID:HISFLDk90.net
>>88
どうでもいいけど、スーパー堤防と津波はなんの関係ない、
スーパー堤防は川の氾濫にそんなえるもの

スーパー堤防は決壊しにくいだけで、堤防の高さを
乗り越えるレベルの水位の上昇には無価値
それどころか津波のようなとんでもない量の水量が流れ込む
場合は逆に決壊してないせいで水のはける場所がなくなって
水がたまって細菌やら虫やらが大増殖するような
二次災害を生む

13 名無しさん@0新周年@\(^o^)/
:2014/08/30(土) 21:58:42.53 ID:4XhB2hp6i.net
菅直人は漢だったわ

96 名無しさん@0新周年@\(^o^)/
:2014/08/30(土) 22:12:29.17 ID:aXbQVW9z0.net
>>13
ダウト
× 菅直人は漢だったわ
○ 菅直人は漢人だったわ 又は菅直人は韓だったわ

14 名無しさん@0新周年@\(^o^)/
:2014/08/30(土) 21:58:50.55 ID:rPqAH+3S0.net
菅の評価がころころ変わるが、どれが正解なんだよ?

42 名無しさん@0新周年@\(^o^)/[s]
:2014/08/30(土) 22:03:49.93 ID:j8d1zJPe0.net
>>14
朝日の逆が正解

26 名無しさん@0新周年@\(^o^)/
:2014/08/30(土) 22:01:03.41 ID:AxA/5+uq0.net
どうもこの吉田って人の言い方は引っかかる
品格にかけてるわけだが
出自が悪いのか
もしくは本質から話題を逸らそうとしてるのか

238 名無しさん@0新周年@\(^o^)/
:2014/08/30(土) 22:35:47.47 ID:X9/c8RP9O.net
>>26
逸らそうとしてるのはあなたですね

786 名無しさん@0新周年@\(^o^)/
:2014/08/31(日) 01:04:18.37 ID:ph8sKYp60.net
>>26
一生に一度あるかないかの重大事に、
色々妨害されりゃ文句も言うわ。

そもそも何が本質なんだ?
次にことが起こった場合に効果的に動くための検証なんだから、
現場に聴く必要のない当たり前のことを聞いて邪魔したり、
場所変えろとか、無知・無能なトップに現場の邪魔を
させてはいけないという教訓がたっぷり詰まってる
この内容には大いに意味がある。

47 名無しさん@0新周年@\(^o^)/
:2014/08/30(土) 22:04:22.66 ID:8NM0wkGq0.net
マスコミ以外では、事故当初からずっと言われていたこと

67 名無しさん@0新周年@\(^o^)/
:2014/08/30(土) 22:08:08.99 ID:rrhXpUIj0.net
>>47
マスコミ以外 X
朝日以外 ○

51 名無しさん@0新周年@\(^o^)/
:2014/08/30(土) 22:05:00.07 ID:5OWsDmdU0.net
管に問題がなかったとは言わんけど、当時官邸付近にいた
保安院も斑目も東電の担当者も専門家が軒並みまるで
役立たずなわけです、同情するわ
目隠しされて政策決定しろって言われてもどうにもならんよ

57 名無しさん@0新周年@\(^o^)/
:2014/08/30(土) 22:06:24.36 ID:ewR2TDA40.net
>>51
じゃあ任せればよかった
目隠し状態で暴れまくってこの結果だ

54 名無しさん@0新周年@\(^o^)/
:2014/08/30(土) 22:05:34.90 ID:t6jq5H3k0.net
菅直人が東電本社で遺伝子病の火病を発症して、
朝鮮語で両手振り回して喚き散らした、ってのは有名な話

405 名無しさん@0新周年@\(^o^)/
:2014/08/30(土) 23:10:54.09 ID:ceG1Ky2c0.net
>>54
喚き散らしたのはさもありなん、という感じなのだが、
朝鮮語というのは本当なのか?

417 名無しさん@0新周年@\(^o^)/
:2014/08/30(土) 23:12:58.95 ID:9dNUQKfA0.net
>>405
なんだかよく判らない言語でわめき散らしたらしいから。
映像は残ってると思うんだけど、是非公開して欲しいなw

515 名無しさん@0新周年@\(^o^)/
:2014/08/30(土) 23:38:36.32 ID:W3Blaxva0.net
>>405
「日本語でもフランス語でもない言語で」
という言い方だった
なんていうか、お察しだよね、
当然英語でもないだろうし

61 名無しさん@0新周年@\(^o^)/
:2014/08/30(土) 22:07:28.19 ID:VPQHwA7r0.net
昨日の朝刊も今日の朝刊も読売は朝日叩き一色だったなw
今日は「吉田調書 朝日記事とズレ
本紙が朝日新聞に取材申し入れをしたが応じず」ってねw

466 名無しさん@0新周年@\(^o^)/
:2014/08/30(土) 23:22:57.85 ID:gCnHCQnw0.net
>>61
今回は、返り血浴びても徹底的に朝日をヤるってこと
らしいから、読売には期待だなw



by huttonde | 2014-09-01 04:00 | 現実話 | Comments(0)
現実話 239
「まぐまぐ」で原発事故関係の解説をやや詳しく開始しました。
再開問題や汚染問題の参考にしてください。

武田邦彦ガリレオ放談 |
第82回「科学とコピペ」STAP事件を通じて科学を知る 4
http://bp.shogakukan.co.jp/takeda/
http://youtu.be/crLZBZTUb7c

熱中症は防ぐことができるのか(1) 全体の状況

netu_1__20140822636.mp3
この世は時々、奇妙で面白いことが起こる。事実だけなら
「ああ、そうなったのか」と思うだけだが、「どうして
そうなの?」と疑問を感じると、わからないことが多い。
だからこの世は面白いということになるのだが、
「熱中症」もその一つだ。

私の小さい頃には熱中症という病気そのものがなかった。
夏の暑い時期に外にいると「日射病」というのにかかり、
しばらく額に冷たいタオルを載せられて横になっていた
ものだ。

特に高校生の時には夏休みの終わりの頃、父の手伝いで
重たいカメラを担ぎ、図書館に行っては父が必要な古い
文献の写真を撮っていた時期、日本の夏は格別に熱く、
35℃はざらだったし、ペットボトルもなかったので、
いつも喉はカラカラだった。それでも熱中症という
病名自体も聞いたことがなかった。

ところが、地球温暖化騒動が起こったころから、新しい病気
が出てきたので、「ははあ、これも陰謀だな」と思っていた
けれど、それからすでに10年以上も経つし、最近では死者も
多くなって、「架空の病気でもないのかな?」と思うように
なった。天気予報では毎日のように「熱中症に注意」と
呼びかけているし、実に奇妙だ。

私か科学者だから、社会がどう言おうとデータや理論に
基づき、自分のわかる範囲でしか整理しないし、考えも
しない。伝聞や噂の類は嫌いだ。その点、報道と同じかも
知れない。報道の基本は「事実」だからだ。

私が奇妙に思うのは、データだけからいうと、
1)地球の平均気温は変化していない(温暖化していない)、
2)でも明らかに熱中症が増えている、ということだ。
日本社会は世界でたった一か国だけ温暖化熱に浮かされて
いるが、世界の気温は上がっていない。
c0072801_19361894.jpg
これは「気象庁のデータ」を「東大の渡辺名誉教授」が整理
して、「北海道新聞」に寄稿したもので、1997年以来、
17年間、地球の気温は変化していないことを示している。
こんなに簡単なデータを示すのに、気象庁、東大、北海道新聞
という3つの権威に頼らないと武田のいうことがウソだという
ことになる。学者も地に落ちたものだ。

地球の気温が上がっていないのだから、熱中症も増えない
はずだが、増えている。この2つの事実はお互いに矛盾は
しているが、2つとも事実だから、私の頭が理解できないに
決まっている。自然界で起こることには矛盾はない。

そこで、まず熱中症が増えているというほうが間違っている
のではないかと思って、厚生労働省のデータを見てみた
(最近はお役所もデータをごまかすから100%は
信用できないが)。
c0072801_1937774.jpg
確かに増えている。しかし、2つほど疑問もある。
1)1994年からできた病気か? 2)増えているのか、
ということだ。まず第一の疑問は図の下に注釈がついている
ように、医師が死亡診断書に書くときに、「熱中症で
ほとんどダメになったが、最後は心臓が止まった」という
ときに、死亡原因として「心不全」と書くか、心不全に
なった原因が熱中症だったかということが変わった。
その意味では199年以後のほうが信頼できるだろう。
c0072801_19371455.jpg
さらに最近のデータを詳しく見てみると、2007年ぐらいまで
増えていたが、2008年、2009年と減って、また2010年
から急激に増えている。猛暑日が多い年と関係があるように
見える。また死亡数全体は1000人から1500人程度であり、
冬のインフルエンザ、結核などと肩を並べる病気であることも
わかる。

そうなると本腰で防止に努めなければならないが、
何がポイントなのだろうか?

(平成26年8月27日) 武田邦彦

熱中症は防ぐことができるのか(2) 熱中症になる状況

netu_2__20140822911.mp3
さて、熱中症の謎解きをして、すこしでも熱中症を減らす
工夫をしたいと思って、第一回は全体像を整理してみた。
その結果、地球は温暖化していないが、何らかの理由で
日本は温暖化していて、熱中症は増えているらしい。
地球が温暖化していないのだから、CO2を削減したりは
しなくてよいが、それではどうしたらよいのだろう。
c0072801_19415342.jpg
今から考えると私が熱中症を誤解していたのは、この絵
だった。この絵を見ると私が子供の頃に「日射病に注意
しなさい」と言われたことと同じだったので、なんとなく
「日の当たるところに行かない」、「水をこまめにとる」
という感じだった。

このように実態や訴えたいことと違う絵が描かれることは
多い。つい先日、JRで奇妙なポスターを見た。一つ(右)は
女子高校生がホームを歩いる絵で、その下に「黄色い線より
内側をお歩きください」とあって、確かに女子高校生は内側
(内側と言ってもわかりにくいので絵をつけている)を
歩いている。

ところがそのすぐ隣に貼ってあるポスターには「スマート
フォンなどを使用しながらホーム上を歩くのは大変危険です
ので、ご遠慮ください」とあって、あろうことか!!その上
に描かれた絵には女子高校生がスマホをしながらあるいて
いるではないか!!
c0072801_19411799.jpg
右の絵は文章と一致し、左の絵は文章とは反対だ。字を見る
なら字だけ、絵を見るなら絵を見てわかるようになって
なければならない。ホームを注意してあるいている高校生と、
スマホを見ながら歩いている高校生を二人絵がいて、
スマホの方に×をつけるとか、スマホだけの×の絵など
矛盾しないように描かなければならない。

このように「わかっている人だけわかる」というポスターも
多いが、この熱中症のパンフレットも同じだ。この絵を見て
「子供を日向に出すと危ないのだな」と思って「年齢階層別
熱中症患者発生率」といういかめしいグラフを見ると、
全く印象が違う。
c0072801_19425060.jpg
横軸に最高気温、縦軸が熱中症発生率だが、34℃ぐらいから
急激に熱中症が増えるが、それは65歳以上で、黒い線の
6歳未満の子供はほとんど増えていない。実はこの図を見て、
あまりにも高齢者が多いのにびっくりして、他の図も調べて
みた。グラフの作り方で少し違って見えるものもあるが、
「熱中症予防はまずは高齢者だ」というのはどうも
本当らしい。

そうなると、罪作りとまでは言えないが、熱中症の絵や子供
が水を飲む姿はあまり予防には有効ではないかもしれない。
そして、さらに医師の書いた具体的な症状と防止法を見ると、
高齢者の場合、水を無理やり飲むと体に負担が来ることや、
高齢者が屋内で熱中症になるのは、「このぐらいなら昔から
団扇ですんだから」ということで縁側を開けて風通しを
良くし、打ち水をしてじっとこらえているような場合のようだ。

このようなときにはあまり皮膚からの蒸発もなく、また塩分
を取ると高血圧になるということもあって、水分だけを
とって体力を失い、かえって熱中症になる可能性があるようだ。

人間、良かれと思ってやることでも、どうしても自分中心
(自分の年代や性別)になって間違ったことを他人に
アドバイスすることになる。それではすべての年齢で
どこが予防のポイントになるのだろうか?
c0072801_19424357.jpg
それにはこのグラフがもっともよいように思う。これは
「熱中症による死亡数」ではなく、熱中症にかかった人数
なので、生徒さんのスポーツ、男性の職場が目立っている。
つまり、グラフの右の高い線が10台の人のスポーツ中の
熱中症で、あまり暑いときに訓練を受けていない生徒に
運動を強いるのは注意が必要であるということだ。

次に、20歳代から40歳代の男性で、
土木作業などの過酷な仕事で倒れることがある。

つまり注意するべきは、

1)10歳代の人はスポーツをする時に注意してくださいね、
2)職場での熱中症対策は管理者が注意してくださいね、
3)高齢者の方は自分で注意してくださいね、

と個別に原因別に呼びかけるべきものと考えられる。

それを一派ひとからげに「注意してください。こまめに水を
取りましょう」では見当が少し外れているように思う。
すこしきびしく言うと、熱中症の患者さんが増えているのは、
テレビやお役所が見当はずれに対策を国民に伝えているから
で、これも広島の水害のように「人為的な病気」ともいえる。

(平成26年8月28日) 武田邦彦

熱中症は防ぐことができるのか(3)
なぜ、無くならないのか?

netu_3__20140822631.mp3
熱中症が社会的に注目された1994年から20年目を迎える。
特に急激に多くなった2007年からでも7年になる。それでも
年間1000人ぐらいの人が熱中症で亡くなるのは何故だろうか?

感染症でもないので、予防はほぼ完全にできると考えられる
からだ。たとえば、国民全部が夏に30℃以下のところで生活
すれば熱中症はほぼゼロになるだろう。そんなことは不可能
だという前に、まずは熱中症を根絶することができるかを
考えてみたい。

まず、第一に「呼びかける方の論理矛盾」がある。人は慣性力
があり、特に高齢者はそれまでの考えを容易には捨てることは
できない。それを「悪い」と言っても意味がなく、
「そういうものだ」と考えて実質的に有効な対策をとる
必要がある。まず、為政者が矛盾しているのは、

1)これまで、CO2を減らせば温暖化を防ぐことができると
言ってCO2を減らすのに庶民はずいぶん苦労してきたが、
それでも暑くなってきた。このことについて説明がないので、
何となく納得できない。
2)つい最近まで「節電」を呼びかけ、「エアコンを我慢しよう」
と言ってきたことが、今では言われないが、「言わなくなった
からあれは嘘だった」と思う人は少ないので、
「エアコンはつけずに我慢したほうがよい」と考えている
高齢者が多い。実は私は5年ほど前、「暑い日にはエアコンを
つけなければならない」と言って、ものすごいバッシングに
あった。その頃、日本社会は「温暖化防止」に熱心だったので、
「エアコンなどつけるとは何事だ」という感じだったし、
テレビでは打ち水などを勧めていた時期に当たる。

それからわずか数年だから、高齢者が考えを変えるには
時間が短く、かつテレビなども「昔、こんなに暑くなるとは
思っていなかったので、エアコンをつけずに節約などを
訴えていましたが、予想が外れたので、昔のことは忘れて
ください。すみません」ぐらいは言った方がよいし、政府も
「国民の協力をいただいてCO2の削減や節電を呼びかけて
きましたが、何の役にも立ちませんでした。すみません」
と謝る必要があるでしょう。 テレビや政府がそういえば、
高齢者も心をさばくことができると思います。
c0072801_0504512.jpg
これは高齢者が現実に熱中症を避けようとしてどういう行動を
とっているかという調査です。驚くべきことに、現在でも
高齢者は日本の電力会社のことを案じて、1)薄着、風通し、
団扇、扇風機をつかい、2)水分補給、をして、肝心の
エアコンなどは我慢しているのです。自らの身を犠牲にして
日本のためを思う高齢者と、自分の間違いを言うと
損をするからと黙っている政府。

まさにずるい指導層に正直な国民。哀しいですね。

熱中症をなくすには、まず「年齢別の呼びかけ」です。
学校やスポーツクラブには「熱中症を出すな。出したら
10日間営業停止」ぐらいにするとすぐなくなります。
また職場には労働安全基準局から厳しいお達しを出すと
熱中症は無くなるでしょう。これで熱中症患者の3分の2、
犠牲者の2分の1が減ります。この呼びかけはテレビがよいと
思います。

次に、高齢者ですが、とにかくエアコンをつけることですから、
市役所が個別に高齢者の自宅を回り、エアコンをつけるように
指導し、かつ補助を出すということでしょう。最近では燃料
電池自動車のように700万円のするものに300万円もの補助金
を出していますが、補助金は命を救うほうに使ってほしいもの
です。

(平成26年8月30日) 武田邦彦

マスコミと学校の苦悩 01 古い時代から新しい時代へ

kyouikumasukomi001__20140816916.mp3
教育はその国の発展と強く関係している。前近代的というと
少し古くなるので、ここでは「古い時代」と言っているが、
それは「国家が最優先」で、「国民は国家の為に奉仕する」
という時代だ。もともと「国家」というのはそれほど古い
ものではなく、大体は18世紀から19世紀に誕生したもので、
それ以前は「国」はそれほどはっきりしているものではない。

いずれにしても、国家が最優先の時代には、当然でもあるが、
「教育は国家が必要な人材を作る手段」と考えられていた。
たとえば、「我が国は強い軍隊が必要だから、心身ともに
強い男子を作る。女子には教育はいらない」というような
考えだ。これをここでは「古い時代の考え」と一応、
呼んでいる。

しかし、これが古い考えとは言えない。今から2年ほど前、
とある会合で「大学受験はなくしたほうが良い。本人の成長を
考えた教育を」という話をしたら、ほぼ全員が「そんなことを
したら日本がダメになる。そうでなくても今の若い人は勉強
しないのに」と反撃された。つまり、現代でも国家が優先で、
日本が繁栄することが第一であり、そのための人材を育成
するのが教育だと考えている人が多いことがわかった。

確かにそうかもしれない。でも、歴史は違う。「国家のための
教育」からいつの時点かに「個人のための教育」に代わり、
一人一人が自分にあった教育を受けることで、その結果として
国家が最善になるという考え方になる。一律の目標を置いて、
全国民がそうなるように努力するということと、一人一人が
もっともよい状態になることがひいては国家のためにもなる
というのと、どちらが「個人にとって」、「国家にとって」
良いことかは少なくとも日本ではあまり議論されていない。

どちらかというと日本人は穏やかで集団的だから、
「全体の為に」とか「みんなのために」というほうが性に
合っていて、いわば欧米流の「個人が良くなれば集団も
よくなる」というほうが間違っているかも知れない。
遺伝子から違うのだから、欧米が個人だから、
日本も個人だというのは早計すぎる。

でも一度、考えてみたほうが良いのではないだろうか?
私は現実に教育をしてきた経験からいうと、少なくとも現代の
日本人はまだ「全体にたいする奉仕」という考えが強いので、
「真なる目的は個人の個性の尊重だが、方法として集団の
目標を示す」という程度ではないかと思う。

個人は社会の影響を受ける一人であり、ともに歴史の中の
一人でもある。そして人間は錯覚の動物だから、ソノ時代、
その社会の影響を受け、(DNA,ミーム、ミラーニューロン、
大脳皮質)の影響をさまざまに受ける。つまり「欧米が個人
だから、日本も個人だ」というわけにはいかない。特に教育
のようにその人の一生を決めるようなものはかなり慎重に
考えないと被害を及ぼす。私の経験や知識から来る判断も
正しいとは言えないが、とにかく、私の感じでは、
「集団的目標の中で、個人を伸ばす」のが現代の日本では
よいように思う。

特に15歳から22歳までの高校大学生の男子は「自分のため」
に生きるのが辛い年代だ。つまり「自分のため」という教育を
受けるには「自分」ができていなければならないが、まだ自分
がフラフラして確立しない。このころの男子は「自分」を
「周囲に反射してしか見ることができない」という傾向がある。
自分の体を鏡に映してみるように、男子は反抗してみて周囲の
反応を見るという手法をよくとる。だから「君は何をしたいんだ」
などと聞いても、「君」がないのだから答えようもない。
せめて「世の中の為になりたい」ぐらいは言える。

現代の教育のゆがみは、「国家のための教育ではなく、
個人のための教育」という「正しい考え方」を「個人がまだ
できていない人」に強制することにある。この問題は男子と
女子とで大きく違うが、これも「男女は同じ」という概念で
取り組むので、さらに複雑になる。

いずれにしてもこのシリーズの第一歩として、「古い教育」と
「新しい教育」とは何かを考えていきたい。昭和27年、
つまり戦争直後に一度、このような議論は十分にされているが、
その当時、あまりに戦争の記憶が鮮明だったので、現代に合致
するとは言えない。そこで、ここでもう一度、現代の混迷の
時代の教育とマスコミを解明したいと思う。

マスコミと教育は社会を繁栄するものとして同じだ。現在の
この分野の混迷は日本社会の混迷をそのまま鏡に映している
ようなものだからである。マスコミをやたらと批判しても、
それは二本社会の問題だからだ。

(平成26年8月31日) 武田邦彦

マスコミと学校の苦悩 02 道徳教育論

kyouikumasukomi002__201408161219.mp3
安倍政権が「道徳教育の教科書化」を進めていて、これが
かつての軍国主義につながるのではないかと危惧されている。
一方では若者のあまりにもひどい公衆道徳の欠如などが
あって、多くの人のストレスになっている。

かつて静かな海岸だったところが、若者が大きな音で音楽を
かける、ワインをラッパ飲みにする、裸のまま電車に乗る
・・・日本人の多くは「あまり道徳を強調するのもなんだが、
かといって放置するのも・・・」と複雑な心境だろう。

先回、このシリーズで「国家のための教育か、個人か」という
整理をしたが、この問題はその典型的なもののひとつである。
「国家のため」なら「日本はこのままでは愛国心のない国民が
増えてどうにもならなくなる」と考え、「個人のため」なら
「日本社会は道徳心の薄い人を受け入れないから、道徳心を
養っておかないと社会で成功しない」ということになる。

つまり、「このままでは」ということは現代の社会が道徳的
に乱れているので、それを直すためには教育からという
考え方だし、「社会で成功しない」というのは、すでに
日本社会が不道徳なことを許さないので、道徳心を持った
子供を育てないと「本人が」ダメになるということで、
方向性も現代の日本社会の道徳性に対する評価も正反対の
ところがある。

現代の日本は道徳的だろうか? 民主党は公約を大幅に破った。
鳩山首相は月に1600万円ずつ母親からもらっていて税法に
基づく申告をしていなかった。野田首相は増税しないと公約
して増税した。それでも民主党は政党として残っている。

NHKは小保方さんを追い詰めて2週間のケガをさせ、
女子トイレに追い込んだ。それでも謝罪せず番組も放送した。
高校男子も女性を追い詰めてもよいのだろう。野々村議員は
公金を不正に使って泣いた。政府は1000兆円の借金をして、
それを国民の借金と言って逃れようとしている、年金を管理
する局長が3億5000万円の退職金などを受け取り、
年金は焦げ付いている・・・・・・

先生はどう教えるのだろうか? 人との約束は破ったほうが
出世する。税金はごまかした方が良い。自分が得になれば
他人をケガさせたり、トイレに閉じ込めても誤ればよい。
ばれたら泣けばよい。人からお金を借りたら、自分が貸した
と言えばよい・・・と教えるのだろうか? それがこれから
始めようとする道徳教育だろうか?



by huttonde | 2014-08-30 07:15 | 現実話 | Comments(0)
現実話 238
今月は8月27日(水)にも午後2時からニコ生
(シアターテレビジョン)で「現代のコペルニクス」
・・・「危険ドラッグとはなにか」を放送します。無料です。
「まぐまぐ」で原発事故関係の解説をやや詳しく開始しました。
再開問題や汚染問題の参考にしてください。

武田邦彦ガリレオ放談 |
第81回「科学とコピペ」STAP事件を通じて科学を知る 3
http://bp.shogakukan.co.jp/takeda/
http://youtu.be/crLZBZTUb7c

普通の歴史(追補) 侵略戦争とはなにか?(2)
アメリカ人と隣国の性癖

815_2__201408161216.mp3
ロシア人はなんでこんな遠くまで来たのか? ロシア人がモスコー
あたりで幸福に暮らしていれば、戦争なんかなかったのにと残念に
思う。でもそれより驚くのがアメリカだ。今では「アメリカ合衆国」
というと大きな国という感じだが、実はイギリスに住んでいた人が
逃れてアメリカに移ってきた人たちの子孫で、今から200年前には
ワシントンあたりの小さな国だった。

でも、なにか「西」に行きたがった。西へ西へと言っているうちに
カリフォルニアについた。そこまで幌馬車で一週間。さらにその西
には広大な海が広がっていた。太平洋だ。普通なら人口も少ないし、
資源はたっぷりある。畑は無限だし、牛も食べられないほどいて、
カーボーイが育ててくれる。

それでも西に行きたい。そして彼らは太平洋に漕ぎ出した。
もしアメリカ人が「西へ」行きたいということだけなら、それほど
世界に災厄をもたらさなかっただろう。その欲求が強かったので、
どんな嘘を言っても西に行く。それだけだった。

1836年アラモの砦でウソを言ってメキシコを攻め、1898年に
メイン号事件を自作自演してスペインと戦ってフィリピンを取り、
1941年に日本を挑発して計画通りパールハーバー攻撃を誘い、
1964年トンキン湾事件でベトナムを爆撃し、2003年
大量破壊兵器があるとウソを言ってフセイン大統領を
絞首刑にした。すべてウソだった。

アメリカはなぜ太平洋などわたって日本に来たのだろうか?
そして「俺の言うことを聞かなければ石油も鉄鉱石も出さない」と
言った。日本はアメリカに何もしていない。だいたい、日本人は
広い太平洋を越えてアメリカに行き、そこで「アメリカのやり方は
気に食わない」と言おうという気持ちはない。日本列島で住むのが
快適だからそれで満足している。
c0072801_1902665.jpg
何で、アメリカはカリフォルニアで我慢せずに、ハワイを占領して
王位継承者を殺し、アラスカを買収、フィリピン、グアム、サイパンを
とって太平洋を制圧、さらに日本、中国へとなだれ込んだ。そうしたら、
アメリカに呼応してアジアの国を捨ててアメリカにつく国があった。
それが中国だった。中国はじっとしているけれど隣の国を捨てながら
生きていく。その隣に日本があった。

西に行くなら中国か日本だが、1930年代に中国にどんどん投資を
したら(日本を超えたら)、日本が邪魔で仕方がない。中国は内通
するという。それではというので西に行くのに日本を攻めることにした。
それで当時のコミンテルン(共産主義国際センター)とも共謀して
日本を攻撃する。ドイツにも行ったが、それは戦うためだけだが、
日本はそれからさらに韓国、ベトナム、アフガニスタン、
そしてイラクまで行った。

これまで激しく移動してきたら、その途中の国はどうなるだろうか?
メキシコは南に後退し、インディアンは全滅し、ハワイはアメリカに
なり、日本はしたくもない戦争に巻き込まれ310万人が死に、
おまけに原爆を二発落とされた。フセインだって同じ気持ちだろう。
「なんで、こんなところまで来るんだ!」と。

ところが日本には反日日本人がいた。ロシアは日本まで来てもよい、
アメリカが太平洋を渡るのは当然だ。でも日本は襲ってきても
抵抗してはいけない。悪いのはロシアでもアメリカでもなく、
日本軍部だという人がいた。

何故だろうか? ロシアやアメリカはどこまで膨張しても「良い」が、
日本は「来るな」と言っているのに来たので戦ったのに「悪い」と
日本人がいう。「外人」が言うと、なんでも信じてしまう「外人教」、
それが残念ながら日本人なのかも知れない。

でも、戦争にならなければそれでも良いけれど、そのたびに日本人が
死ぬ。そしてしばらくすると「敵は正しかったが、私が間違っていた」
と言い、また同じ道を歩む。平和とは「攻めてきた時にどうするか」
であり、日本人は「攻める」ということはしない。

では、どうしたら今後は平和な生活を送れるだろうか? それはまず
「自分たちが悪いのではなく、わざわざ日本までやって来る国が悪い」
という単純なことを認めることだ。でもそれが外人教の日本人には
もっとも難しい。身内を非難し、お客さんを褒め上げるのが
伝統的な日本文化だからだ。

(平成26年8月15日) 武田邦彦

日常的なことと研究

dailyresearch20140814620.mp3
人間の活動にはさまざまなものがあり、あることをしている人は、
まったく別の人生を歩んでいる人のことを理解するのは難しい。
たとえば、「日常生活」と「研究」というものを取り上げてみると、
日常的には「今、わかっていることを真実と思って行動するしかない」
研究は「今、わかっていることは間違っていると思っている」
ということになる。

紫式部の時代には、「人間には生まれながらに貴賤がある」とか、
「大根を煮るときには薪(たきぎ)が必要だ」と思っていて、
それが変わることなどないし、貴賤を無視して平等だと言ったら
殺され、電子レンジを使えばよいと言えば気がふれていると思われる。
でも、現在では「平等」も「電子レンジ」も日常生活の中で受け入れ
られている。でも、1000年前にはなかったのだから、いつの時代かに
「今、わかっていることは間違っている」と思った人が一つ一つ、
新しいことを発見し、発明してきた。

現代の日本を見ると、「日常的なことをしている人で、常識的な人」が
あまりに威張っているように見える。「そんなの当然じゃないか!」
と怒鳴り、「そんなの非常識だ」と叫ぶ。でも本当の常識人というのは、
「自分が今、正しいと思っていることは間違っている」ことを
知っている人だろう。

1000年後、現代の日本の常識人は笑い者になるだろう。でも、
現代でも「常識人」はそのことを実は心の底でわかっているようにも
思える。というのは、STAP事件にしても、温暖化にしても、「常識」を
言う人はいつも「怒りっぽい」。それは本当のことまで議論が
進むことを恐れているのだと私は思う。

(平成26年8月20日) 武田邦彦

「記録的」がもたらす災害(1)
大げさで抽象的な表現が災害を生む

20140816.mp3
このところ、気象の変化で起こる災害が続いている。8月18日には
大雨で岐阜・高山の橋が流され、8月20日(今日)は広島で土砂崩れ
の被害が報じられている。そのたびに、気象庁は「記録的」とか
「観測史上最大」という表現を使っているが、この表現では「備え」も
できず、「原因」もわからず、「対策」も適切に採ることができない。

数年前から気象庁の表現は大げさで抽象的になり、生活をしている
方としてはなにをどうすれば良いかわからない。たとえば「今までに
経験したことがない」という表現が出てきたのも数年前だが、
「今までに経験したことがない」というのはあまりに「個人的」で、
80歳の人で日本のあちこちに転勤した人のことを言っているのか、
それとも10歳ぐらいの少年を念頭に置いているのか判らない。

もし、80歳の経験豊かな人のことなら、「日本の気象変化のうち、
かなり珍しい」と言うことになるので、避難したり、何かの対策が
必要だ。でも10歳ぐらいの人が経験していないということになると、
日本ではほぼ毎年、どこかで起こることになるので、避難したりする
必要がない。だから「今までに経験したことがない」という表現は、
その表現が不適切であることによってかなりの犠牲者を出した
原因となっていると思う。

台風11号で避難命令がでた四日市市で、約30万人が避難対象
だったのに、180人しか避難しなかったということが「大げさな表現が
もたらす典型的な現象」ということができるだろう。この時、気象庁は
「直ちに命を守る行動を取ってください」と言っていた。そしてそれを
受けて自治体が避難命令(正しくは避難指示・・・判りにくい言葉で、
避難勧告より強い)を出しても住民はそれを完全に無視した
(桑名市では20万人に命令がでて、避難した人は80人)。

「これまでに経験の無い」のだから「直ちに命を守る行動」といっても、
全く判らない。一方では、テレビで台風の規模や最大風速、
予想雨量を伝えているが、気圧は935ヘクトパスカルで普通の
台風、最大風速は35メートルで台風としてはやや小さめ、それに
すでに高知県で降り始めからの雨量が1000ミリを超えているのに、
三重県の予想雨量はそれより下回っている。

でも「三重県は脆弱だから」とも発表されない。しかも四日市市では
風はそれほど強くなく、雨が問題だったが、川の周辺に避難指示が
でたのではなく、四日市市全体に発令される。でも住民は「人間」
だから、あまりにも不合理なことはできない。川が氾濫すると
言っても堤防が結果してい浸水する地域は決まっている。それから
遠く数メートル以上の高い地域の人がわざわざより危険なところに
避難することなどありえない。

このことをテレビでは「安全を最優先」とか「空振りを恐れない」と
見当外れの解説をしているが、そんなことではなく、「説明や発令が
合理的ではない」ということであり、注意はするに越したことはないが、
三重県に雨が降るから東京の人に避難命令が出るようなものだ。
現地に行ってみると、台風の規模と地形から見て「命を守る行動」が
なんなのか全く判らないことが理解される。

広島の土砂崩れでも、「記録的」といい「観測史上最大」と言っていた。
でも、雨量を見ると前線が中国山脈の北にあるときの7月などに
降る九州から中国地方の雨(湿舌による豪雨)は普通のことで、
たとえば「広島の住宅地に10年前に設置されたアメダスでは
初めてで、九州から中国地方に夏に降る雨としては毎年、
降る程度のもの」と思う。

テレビが住民にインタビューをすると、「今までにこんなこと経験した
ことがありますか」との誘導質問があり「これまでに経験したことが
ない」と答えた人の映像を出す。でも今日の広島の住民は誘導質問
に対して、「いや、ときどきこのぐらいの雨はありますよ。
でも少し時間が長かったかも知れませんね」と答えていた。

今度の災害が、本当に記録的なのか、それとも1時間ほど長く
降ったのかによって今後の対策が違う。本当に記録的なら仕方が
無いところもあるが、1時間ほど長く降ると土砂崩れが起きて
命を失うというような治水政策なら、少しの雨でもすぐ
逃げなければならない。

一刻も早く気象庁は表現を正確に(「記録的」とか「観測史上最大」
という代わりに、「九州・中国地方では何年ぶり」という表現)に
直すべきである。

(平成26年8月20日) 武田邦彦

「記録的」がもたらす災害(1)
大げさで抽象的な表現が災害を生む

20140816.mp3
このところ、気象の変化で起こる災害が続いている。8月18日には
大雨で岐阜・高山の橋が流され、8月20日(今日)は広島で
土砂崩れの被害が報じられている。そのたびに、気象庁は
「記録的」とか「観測史上最大」という表現を使っているが、
この表現では「備え」もできず、「原因」もわからず、
「対策」も適切に採ることができない。

数年前から気象庁の表現は大げさで抽象的になり、生活をして
いる方としてはなにをどうすれば良いかわからない。たとえば
「今までに経験したことがない」という表現が出てきたのも数年前
だが、「今までに経験したことがない」というのはあまりに「個人的」で、
80歳の人で日本のあちこちに転勤した人のことを言っているのか、
それとも10歳ぐらいの少年を念頭に置いているのか判らない。

もし、80歳の経験豊かな人のことなら、「日本の気象変化のうち、
かなり珍しい」と言うことになるので、避難したり、何かの対策が
必要だ。でも10歳ぐらいの人が経験していないということになると、
日本ではほぼ毎年、どこかで起こることになるので、避難したり
する必要がない。だから「今までに経験したことがない」という表現
は、その表現が不適切であることによってかなりの犠牲者を出した
原因となっていると思う。

台風11号で避難命令がでた四日市市で、約30万人が避難対象
だったのに、180人しか避難しなかったということが「大げさな表現
がもたらす典型的な現象」ということができるだろう。この時、
気象庁は「直ちに命を守る行動を取ってください」と言っていた。
そしてそれを受けて自治体が避難命令(正しくは避難指示・・・
判りにくい言葉で、避難勧告より強い)を出しても住民はそれを
完全に無視した(桑名市では20万人に命令がでて、
避難した人は80人)。

「これまでに経験の無い」のだから「直ちに命を守る行動」と
いっても、全く判らない。一方では、テレビで台風の規模や最大風速、
予想雨量を伝えているが、気圧は935ヘクトパスカルで普通の
台風、最大風速は35メートルで台風としてはやや小さめ、それに
すでに高知県で降り始めからの雨量が1000ミリを超えているのに、
三重県の予想雨量はそれより下回っている。

でも「三重県は脆弱だから」とも発表されない。しかも四日市市では
風はそれほど強くなく、雨が問題だったが、川の周辺に避難指示が
でたのではなく、四日市市全体に発令される。でも住民は「人間」
だから、あまりにも不合理なことはできない。川が氾濫すると
言っても堤防が結果してい浸水する地域は決まっている。それから
遠く数メートル以上の高い地域の人がわざわざより危険なところに
避難することなどありえない。

このことをテレビでは「安全を最優先」とか「空振りを恐れない」と
見当外れの解説をしているが、そんなことではなく、「説明や発令が
合理的ではない」ということであり、注意はするに越したことはない
が、三重県に雨が降るから東京の人に避難命令が出るようなものだ。
現地に行ってみると、台風の規模と地形から見て「命を守る行動」が
なんなのか全く判らないことが理解される。

広島の土砂崩れでも、「記録的」といい「観測史上最大」と言って
いた。でも、雨量を見ると前線が中国山脈の北にあるときの7月
などに降る九州から中国地方の雨(湿舌による豪雨)は普通の
ことで、たとえば「広島の住宅地に10年前に設置されたアメダス
では初めてで、九州から中国地方に夏に降る雨としては毎年、
降る程度のもの」と思う。

テレビが住民にインタビューをすると、「今までにこんなこと経験
したことがありますか」との誘導質問があり「これまでに経験した
ことがない」と答えた人の映像を出す。でも今日の広島の住民は
誘導質問に対して、「いや、ときどきこのぐらいの雨はありますよ。
でも少し時間が長かったかも知れませんね」と答えていた。

今度の災害が、本当に記録的なのか、それとも1時間ほど長く
降ったのかによって今後の対策が違う。本当に記録的なら仕方が
無いところもあるが、1時間ほど長く降ると土砂崩れが起きて命を
失うというような治水政策なら、少しの雨でもすぐ逃げなければ
ならない。

一刻も早く気象庁は表現を正確に(「記録的」とか「観測史上最大」
という代わりに、「九州・中国地方では何年ぶり」という表現)に
直すべきである。

(平成26年8月20日) 武田邦彦

STAPの悲劇を作った人たち(4)
3番目は言うまでもなく毎日新聞

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毎日新聞というのは伝統的で素晴らしい新聞でした。満州国建国に
際して国際連盟を脱退した時、朝日新聞がその時の政府に迎合して
脱退を支持したのに対して、毎日新聞は断固、筋を通し、
販売部数を減らしたのです。

沖縄返還の時の日米の密約でも、毎日新聞は断固、メディアとして
の立場を貫き、時の政府からいじめられて不買運動に泣いて、
朝日、読売の後塵を拝するようになりました。でも、そんな逆境
だったからでもあるでしょう、毎日新聞には立派な人が多く、ここで
お名前を挙げるのは控えますが、そういえばあの人・・・
と思いだします。

その毎日新聞が「窮すれば瀕した」のでしょう。こともあろうに、
STAP事件に関する理研の調査が終わり、「不正が確定」(私は
不正とは思わないが)し、最後に論文が取り下げられ、日本としては
大きな痛手をこうむった後も、毎日のようにSTAP事件の取材を
続けて、紙面に掲載していました。

それは、著者を痛めつけたい!そう思う一心の記事でした。そして
論文が撤回されて約半月後、毎日新聞は驚くべき記事を全国版の
1面に出したのです(7月16日の朝刊と思う)。それは、奇妙奇天烈
というか、前代未聞、それとも魔女狩り・・・なんと表現しても
それ以上の醜悪な記事でした。

1)問題となった論文ではないものを取り上げた、
2)若山先生(共著者は小保方さん)が出して
 拒絶された論文を取り上げた、
3)論文の査読過程のやり取りを「不正」とした。
毎日新聞の記事をたぶん月曜日に読んで、私はあまりのことに
 絶句した。この記事を笹井さんがお読みになったかは不明だが、
 関係のない私が読んでもびっくりしたのだから、
 当事者が読んだら腹が煮えくり返っただろう。

理由
1)掲載に至らなかった論文の原稿は著者の手元にしかない、
2)ましてその査読結果などは執筆担当の主要な著者の
 手元にしかない、
3)従って、毎日新聞は若山さんから情報を得たか、
 建物に侵入して獲得した以外にない。
4)掲載に至らなかった論文は欠陥があるから掲載されなかったの
 だから、その論文に欠陥があるということは当然であり、
 そのような学問上のことを知らない一般の読者を騙す手法だった、
5)若山さんが自らそんなことをしたら大学教授を辞任しなければ
 ならないから、記者が不当な方法で入手した盗品である、
6)すでに掲載された本論文が撤回された(7月2日)後だから、
 学問的意味も、社会的意味もない。

毎日新聞は沖縄の密約で外務省の女性事務官に記者が接近し
「情を通じて」国家機密を手に入れたとされました。行為は不倫で、
これを政治家に「情を通じて」と言われて社会が反応し、毎日新聞
の不買運動につながりました。私は、国家機密を得るときには
小さな犯罪は許されると思っていましたが、今回のことで毎日新聞
は性根から曲がっていることを知ったのです。

今回のことを沖縄の報道になぞらえると、「情に通じて」と言われた
後、他の新聞やテレビが「どのように情を通じたか」、「セックスの
回数は何回だったか」、「最初の時に積極的に体に触ったのは
どちらだったのか」などを微にいり細にいり書き立てるのと同じです。
人間としてすべきではなく、また興味本位のいかがわしい雑誌が
取り上げるならまだ別ですが、天下の毎日新聞だから取り返しが
つかない。今後、何を記事にしても国民は毎日新聞をバカにして
いるから信用しないでしょう。ついに毎日新聞はその誇りある
長い歴史に終わりが来ると思います。

【学術的意味】
ここでは、以上のような世俗的な倫理違反とは別に、
「掲載されなかった論文の査読経過は意味があるか」ということに
ついて参考までに述べます。論文を提出したことがない人には
参考になると思うからです。

人にはそれぞれ考えがあります。だから研究者が「これは論文
として価値がある」と思えば、そのまま論文として掲載してもよいの
ですが、昔はネットのようなものがなかったので、印刷代がかかり、
さらに「誰かがある程度は審査したもののほうが読みやすい」
ということで「査読」が始まりました。

査読は「論理的に整合性があるか」、「他人が読んで理解できるか」、
「すでにどこかで知られていないか」などをチェックし、時には親切に
誤字脱字も見ます。しかし、時に研究者は「このデータは必要だ」
と思っても、査読委員は「論理的に不要である」としたりしますが、
そんな時に、ほぼ査読委員の通りにしておかないと論文は
通りません。



by huttonde | 2014-08-21 04:00 | 現実話 | Comments(0)