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小室直樹  『危機の構造 日本社会崩壊のモデル』 2
 エリート意識の共通性

 これまでの分析から判明することは、わが国のアノミーがナチスや軍国主義者を生んだそれよりはるかに混雑している上に激烈であるということだ。さらに決定的なことは、社会の底辺にうごめく無法者(アウトロー)や落伍者(デイクラツセ)の間にではなく社会中枢を構成するエリートにまで浸透しようとしていることだ。いや実に、連合赤軍の基礎をなしている行動原理は、現代社会の中心的な担い手であるエリート官僚や大企業のエリート・ビジネスマンの行動原理とも構造的に同型である。さらに、この系譜をたぐれば、また戦前の軍事官僚の行動原理にも同じ構造を求めることができるのである。この四者の連関を探る前に、連合赤軍の行動原理を要約してみよう。
 (1) 自分たちこそ自覚せるエリートであり、この点において自覚せざる大多数の国民とは根本的に異なる。そして日本(人民)の運命は自分たちの努力にかかっている。
 (2) この努力は「特定の行動」の遂行という形でなされる。このためには全身全霊を打ち込むことが要求されるが、このことと直接関係ないことは一切無視する。これら「その他の事情」は自動的にうまくいき、日本(人民)は安泰となる。
 (3) だから「特定の行動」の遂行こそが肝要なのであり、成果は問題にされなくてよい。
 このような原理によって彼らはわずか二十余名で東京占領を企て、五人の若者が投降することなく数百名の機動隊員と狙撃戦を展開したのである。この行動原理は「盲目的予定調和説」に支えられたものであるといえる。彼らのエリート意識にもとづく盲目的予定調和説こそ前述のエリート官僚、エリート・ビジネスマン、さらには軍事エリートに共通にみられる精神の因子である。この盲目的予定調和説こそ、各人の誠心誠意の努力にもかかわらず、あるいはそれによってますます、日本全体をまっしぐらに破局へ向かって駆り立てる原動力となるのであるが、その一つのコロラリーが、次に述べる技術信仰である。すなわち、盲目的予定調和説を奉ずる限り、各機能集団間の機能的対立は看過され、自己が遂行する特定の技術のみが信仰されることになるからである。

 ミリタリーとエコノミックの同型

 社会の機能的要請は、多くの機能集団によって分担され、しかもこの機能集団は複雑多様であり、独自のメカニズムで作動するから、機能的紛争の生起は不可避である。しかも、社会全体における機能的要請の達成は、これら多くの機能集団間の分業と協働によりはじめてなされる。ゆえに、機能的紛争を未解決のまま放置すれば、社会過程の進行は阻害され、所期の結果は達成されえない。戦争中、軍事官僚はこのような社会の仕組みを理解しえなかった。彼らは、経済体系と軍事体系との間の機能的対立を理解せず、これを科学的に解決しようとはしなかった。そのため、軍需生産は思うにまかせず、ヤミは横行し、働いても働いても何か自然の理に逆らっているような感じは、一般国民の間に広がる一方である。また、陸海軍の対立に典型的にみられるようなセクショナリズム、家族制度と近代国家のタテマエ間にみられる対立などが、いかに戦争遂行を妨げたか、現在多くの歴史家が指摘しているとおりである。
 このように、科学的な総合的分析を欠く技術信仰は、当事者の意図や努力とは全く無関係に、というよりは真剣に努力すればするほど、意図とは反対の結果を生じ、まっしぐらに破局に向かって驀進することもあるのである。さらに、この技術信仰が、共同体的所与性の中にリーダーシップによる決断の契機を埋没するとき、おそろしい無責任体制が出現する。それは、「大戦争を起こしながら、明確な決断の主体は一人もなく、だれしも戦争には反対しつつも、集団における傾向に自覚的に対決しないままズルズルと引きずられてゆくうちに、気がついてみたら戦争が始まっていた」というあの無責任体制である。そしてかかる無責任体制こそ、かつてミリタリー・アニマルの行動を規定していたごとく、現在はエコノミック・アニマルの行動を規定しているのである。

 真珠湾攻撃の官僚的思考

 このことを理解することこそ決定的に重要であるから、いくつか例をあげて説明しよう。
 かつて「トラ・トラ・トラ」という映画が話題になった。原作(たとえば、ゴールドン・プランゲ『トラ・トラ・トラ』(日本リーダース・ダイジェスト社、1966年)参照。最近は文庫版も出たようである)は、アメリカの歴史学者プランゲ教授の二〇年にわたる研究にもとづく労作であり、学問的価値も高い。この記録をみると、日本人の驚くべき社会科学オンチが明らかになる。
真珠湾攻撃が、いかに画期的事件であったかは、いまでは想像もできないであろう。十二月八日の朝、アメリカの太平洋艦隊が全く無防備であったのは、真珠湾に対する空襲などということは、完全に専門家の想定の外にあったからにほかならない。皮肉なことに、アメリカ海軍の情報部は、ほぼ完全に近い真珠湾攻撃計画についての情報を入手していた。しかし、それが専門家の目からみてあまりに奇想天外であったため、責任者の真面目な検討には値せぬものとされた。それであるからこそ、アメリカは、ホノルルの日本総領事館がスパイ活動をしていることを知りつつも、これを全く看過したのである。
 戦後になって大艦巨砲主義を嘲笑するのは容易である。しかし、昭和十六年の時点において、大艦巨砲主義を否定すべきなんらのデータもなかった。現に、十六年の夏には、英国海軍航空隊は死力をあげて独戦艦ビスマークを攻撃したが、大破すらできなかった。決め手となったのは、ネルソンとキング・ジョージ五世の巨砲であった。伝統を誇る大英帝国の海軍航空隊がたった一隻の、孤立無援の戦艦すら沈めえないとすれば、難攻不落のハワイ軍港にある大艦隊が、空からの攻撃に対し全く安全だと判断しても非難することはできない。しかし、いまでは誰もが同意するように、この作戦は、戦術的、戦略的にどれほど大成功であり、戦史上どれほど画期的な大業績であろうとも、政治的には取り返しのつかない大失策であった。だが、われわれが注目すべきことは、このことではない。
 日本の戦争指導者が、このことに全く気づいていなかった、少なくとも、このことについては真剣に考えてみなかったことである。山本元帥が真珠湾攻撃を思い立ったのは、速戦即決で勝負を決めるためである。アメリカと長期的全面戦争をして勝てる見込みはない。勝利のチャンスはただ一つ、速戦即決にかかっている。この点については、日本海軍の伝統的思想も山本元帥の考えも全く同一であるが、彼の独創性は航空機による奇襲にある。しかも、このような一方的奇襲を行って、それが講和のチャンスにいかなる効果をもたらすか、この点についての検討は全くなされていないのである。真珠湾攻撃のように破天荒な計画については、もちろん、多くの反対もあり、あらゆる角度からの研究がなされた。ただし、この研究は、すべて戦術・戦略面についてのみなされ、講和のチャンスという最も決定的な問題については言及すらされなかったのである。山本元帥、源田中佐をはじめとする海軍当局者が、この世界史に不滅の金字塔を残すような独創的大作戦を指導しつつ、しかも、彼らの発想法は軍事官僚的思考から一歩も外に出ることはなかった。このことこそ、われわれは銘記すべきである。これは、主義やイデオロギーの問題ではなく、まして、心構えや能力の問題でもない。日本における官僚的思考法の必然的結果である。
 クレマンソーはかつて「戦争は軍人に任せておくには重要すぎる」といい、マックス・ヴェーバーは、「最良の官僚は最悪の政治家」であるといった。軍人や官僚が、ナショナル・リーダーとして不適任であるのは必ずしも日本だけの現象ではないが、日本における官僚の優越性が、日本独自の技術的思考様式とタコツボ現象に裏打ちされるとき、それは、ときに致命的様相を帯びる。真珠湾攻撃の例において典型的に示されるように、エリート軍事官僚の思考法の構造的特色は、連合赤軍派のそれと全く同一な盲目的予定調和であり、それは次のようなものである。
 ①自分たちこそ国民から選ばれたエリートであり、日本の運命は自分たちの努力にかかっている。②この努力は、所与の特定した技術の発揮においてなされる。③したがって、この所与・特定技術の発揮においてのみ、全身全霊を打ち込めば、その他の事情は自動的にうまくゆき、日本は安泰となる。
 つまり、彼らは、連合赤軍の闘士たちが、女連れでのわずか十数人で東京を占領し革命を遂行しうると信ずるがごとき意味において、大東亜戦争の必勝を信じていたのである。そうであればこそ、彼らの論理においては、硫黄島や沖縄における絶望的抵抗も、浅間山荘において赤軍派が機動隊の大軍に対する銃撃戦を無駄であると考えなかったごとく、きわめて重大な意味を持つことになるのである。

 官僚的思考の限界

 このような思考法とそれにもとづく行動の結果は、極端な二極性である。つまり、このような人びとは、分業の部品(パーツ)としてみる限り最高の部品(パーツ)である。しかし、ひとたび全体のリーダーとなるや、最悪のリーダーとなる。けだし彼らは、限定された分業の遂行者としての視座しか持ち合わせないため、全体的コンテクストにおいて、すべてのフィードバックを総合することはできないから、リーダーとしては最悪のリーダーとなる。すなわち、リーダーの任務は、予想しえない事件への対処であり、新環境への適応であるが、そのためには、右のような分析能力が不可欠となる。この意味において、ステレオ化したルーティンワークを第二の天性とし、新環境さえもこの枠組みで処理しようとする官僚は最悪のリーダーとなるのである。
 さて、右のように考えると、現在の特権官僚・ビジネス・エリートの思想と行動とが、いかにエリート軍人のそれと類似しているか、それどころか、構造的に同型(structur-ally isomorphic)であるか明白であろう。戦後日本においても、特権官僚とビジネス・エリートとの特権は依然として大きい。ここに、特権官僚とは、国家公務員上級職を上位の成績でパスして本省採用となった、いわゆるキャリア組をいう。彼らは、超特急のスピードで昇進し、若くして国策を左右しうる地位につき、早々に退職してビジネス・エリートとなり財界の支配権を握る。
また彼らは、政界に進出してもきわめて優位な位置に立つ。このような特権的立場は、彼らにノブレス・オブリッジ(優者の責任)の意識を生み、また彼らは、きわめて優れた人材でもある。愛国心と自己犠牲の精神にも富、現在日本の発展は彼らの献身的努力に負うところが大きい。しかもその思考と行動のタイプにおいて、戦前のエリート軍人と同一の構造を持っているのである。われわれは容易に、前ページで指摘した三つの特徴を、今日の特権官僚・ビジネス・エリートに見出して驚くであろう。すでに述べたように、官僚的思考の致命的限界は、イマジネーションの不足と、視座の限定からくる、新環境の総合的把握能力の欠如である。彼らもルーティン化した現象に対処する場合なら、結構、総合的判断もできるし全体の見通しも悪くない。しかし、全く新しい現象が自己の守備範囲外に生起した場合には、完全にお手上げとなって、リーダーとしての無責任性を暴露するのである。われわれはすでに、真珠湾攻撃の例において、軍事的エリートがいかに政治的判断に無能・無責任であるかをみたが、現在のエリート官僚の思考と行動が構造的に同型である以上、現在も同様の危険があるといわなければならない。しかも、現在日本のような高度管理社会にあっては、官僚的思考様式、行動様式は、すべての組織の構成員に普遍化し、プロトタイプ化している。したがって、以上のような危険の及ぶ範囲は、戦前にもまして広くかつ深いものとなっている。
 現在、公害裁判によって事実が明らかになってまず驚くことは、タレ流し公害によって人命に危険が及ぶ可能性は、ずいぶん早期にわかっていたことである。このことを知りながらタレ流しを止めなかったとすれば、まさに道義的殺人だろう。しかも企業責任者は、いわゆる殺人常習者のタイプではない。また連関省庁の役人は、公害の可能性(事実さえも!)を住民から隠して産業の発展を促進したことに、ひそかな誇りを抱いている。彼らとても、それなりに良心的に行動したつもりではいる。問題は、公害という現象はほとんど前例がなく、彼らの予定表に載っていなかったというだけのことである。GNPの高度成長が国家目標となり、アメリカに追いつき追い越すことが至上命令となるとき、官僚や官僚的ビジネスマンの視界からは、この目標達成と直接関係のない現象は、一瞬の間に雲散霧消する。それが間接的にどれほど重要であろうとも、一切の配慮は無用である。ツラギにおいてアメリカ艦隊を全滅させながら、このアメリカ艦隊が護送してきた軍隊・兵器満載の輸送船団に指一本触れず引き揚げた水雷戦隊のごとく、彼らがそのために訓練された所与・特定技術の発揮以外のことは、彼らの全く関知せざるところである。彼らは、この特定分野においてのみ全身全霊を打ち込めば、あとは予定調和の鉄則が働き、すべて自動的にうまくゆくと信じて疑わないのである。このような官僚的思考様式を攻撃しても無意味であろう。それが官僚というものなのである。官僚は官僚であることによって最大の貢献をなしうる。問題は、官僚に、本来官僚にはできないナショナル・リーダーとしての任務を押しつける社会構造にある。社会科学者は、この社会構造のメカニズムを解明し、制御可能なものとしなければならない。

小室直樹  『危機の構造 日本社会崩壊のモデル』  3
小室直樹  『危機の構造 日本社会崩壊のモデル』 1

by huttonde | 2005-06-24 07:08 | 小室・日下・曽野本 | Comments(0)
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